ルシアと歴代
ローマ教皇のみが知っていて、マリアが3人の子供たちに告げてから80年以上を経て公開された予言の内容とは
「ローマ教皇が狙撃される」という内容だったらしい。
実際の予言の内容は言葉ではなく「画像」で、
「白装束の聖職者が
十字架に向かう歩みの途中で銃弾に倒れ、死んだように見えた」というもので、それが1981年5月
13日に
バチカン市国のサンピエトロ広場でトルコ人に狙撃され、当時の教皇で(私が大好きな)
ヨハネ・パウロ二世が瀕死の重傷を負った事件の暗示だった、という解釈になったらしい。
狙撃され、重傷を負ったものの奇跡的に健康を取り戻した
ヨハネ・パウロ二世は聖母マリアのご加護のおかげで助かったということで、翌年5月13日、
ファティマにあるバジリカにお礼参りをされたらしい。
後日譚ですが、予言のいわく因縁はそれだけではなく。
2005年2月
13日(!)、
ポルトガルのコインブラという街の修道院で修道女としてひっそりと暮らしていた3人の子供の生き残りだったルシアが亡くなり、同年4月、
マリアの予言の公開を決定し、自らも予言の体現者となったヨハネ・パウロ二世も亡くなったのでした。。。
これだけ説明してもらって、
しかもヨハネ・パウロ二世もいらしたバジリカがあると知った上でファティマを素通りするなんてできるわけがない。
これは絶対に行かねばっ!!早速バターリャのバス停に行き、オラリオ(時刻表)を確認。バスの運転手さんに
「ファティマ?」と尋ねると、
スィン!(YES)と心強い返事。運転席のすぐ後ろの席に腰掛け、またしても高原をひた走るバスに揺られる身になった。

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