気ままに暮らす旅好き・離島好き・変身写真好きなはてるまの身辺雑記です。
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ソアーレス・ドス・レイス国立美術館を出て、旅のお供にと食べなれたポルトガルのお菓子、ディシュコ(表面にキャラメルコーティングをしているパイ)、ケイジャーダ(チーズタルト)、パオン・デ・ロー(中味がとろりとした焼き菓子)などなどをたくさん買い込み、久しぶりの国際列車に乗り込んだ。

15:08にアズレージョ(絵つきタイル)の装飾が見事なサンベント駅を出発する列車は、

「これが国際列車?!」と疑いたくなる。くすんだ色合いの外観といい、使い込んだ座席の風情といいTHE ローカル線の列車。

発車寸前にポルトガルでは初めての「日本人女性おひとりさま」の観光客に出会った。彼女も同じ車両に乗り込んだので、タイミングを見計らって話しかけようかな?と思ったものの、彼女は次から次へとガイドブックを読んでいて、全くスキがない。

私がお菓子を食べながらチラ見をして確認しただけでも、「地球の歩き方 ポルトガル」「個人旅行 ポルトガル」「個人旅行 スペイン」「ミシュランガイド」(←これはどこの国のものか判別不能)を読み耽っている。

服装や持ち物も私のような「短パンTシャツ・キャスターつきリュック」という、分かりやすい節約旅行者風ではなく、

なんだかこぎれいなフレアースカートなどをお召しだったのでちょっと壁を感じて声を掛けそびれてしまった。
久しぶりに電話じゃなく、直接日本語で話せるチャンスだったのに。

勇気のない私め


おひとりさまに話しかけるのは諦め、過ぎ去っていく車窓からの眺めに集中することにした。
進行方向に向かって左手には飽きることなく眺めた大西洋が広がる。右手は山の緑が濃くて、なだらかな丘に小さな家がポツポツと建っているのが絵本の挿し絵のよう。

これで見納め・・・と思うせいか、今日のポルトガルはいつにも増してキレイに見える。


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翌日。
ポルトガルがくれたたくさんの思い出を胸に、この国を後にする日がとてもいいお天気だったので嬉しくなった。
ポルトガル北部のポルトからスペインまでは列車で3時間くらい。国際列車が1日に2便出ているので、15:08サンベント駅発の列車に乗ることにした。

出発まで何をしていようかな?ドウロ川クルーズは11時間もかかるので却下、市内観光は既に済ませてしまったし、ドウロ川の対岸に渡ってワインセラーに行く気分でもない・・・と、観光案内所の女の子たちに相談すると、美術館を勧めてくれた。

ポルトガル最終日にして初めての美術館。しっとりとした空気、静かな空間を歩いていると気持ちも静まってくる。
美術館に名前を冠したソアーレス・ドス・レイスは、19世紀のポルトガルを代表する彫刻家で彼の作品はもちろん、陶器や、歴史の教科書(資料集の方かな)によく掲載されている『南蛮屏風』屏風

も展示されている。

何百年も前にはるばる日本からやってきた紙の屏風が、色も褪せず、破れもせずにしっかりと保管されていてそれを見物している日本人観光客がいる・・・。
鎖国時代の日本からこの屏風がポルトガルにたどりつくまで、色々な人の手を渡ってきたんだろうな。

異国で『和』『日本』を感じる展示物に出会うと感じる気持ち、文字にするとすごく大げさで恥ずかしいけれど

「時空を超える」という感覚を持ちながら美術館の見学は終了した。



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五感の階段をクリアすると、「三徳の階段」の始まり。
この階段にももちろん区切り(踊り場)ごとに泉があり、信仰の泉・希望の泉・博愛の泉と名づけられている。(五感の階段に比べると泉の彫刻はいたってノーマルであまり印象に残らない
私は普通に立った姿勢で歩いて登ってきたけれど、ふと周りをみると、

何人もの人が膝で階段を登ってきている。その人たちと、五体投地をしながら少しずつ少しずつ聖地に向かって進む、仏教徒の巡礼者の姿と重なった。


私が泉の彫刻を見てクスクス笑ったり、礼拝堂に寄り道をしながら気楽に登ってきた階段が、熱心なキリスト者にとっては「聖地に続く聖なる道のり」なのだなあ。。。何も知らない異教徒がドカドカとやってきてごめんなさい。

ボン・ジェズス教会への250段の階段にある最後の踊り場、モーゼス広場は素晴らしいお庭で、ここから見下ろす景色は緑がいっぱいでシントラに戻ってきたような気分になった。
ポルトからかなり内陸に向かってやってきたと思っていたので、丘の頂上から大西洋が見えた時には予想外の風景に感動。
ナザレから毎日眺めた海と、緑の山脈を挟んで遠くに見える海。

この海に沿うようにして、ポルトガルを北上してきたんだなあ。


ここに来るまでに登ってきた白壁の階段や、コインブラで黒いマントを身に着けた学生さんたち、私と同じ高さでリスボンの街を見下ろしていた月、ドアマン風のセニョール(おじさん)が不意に歌い始めて大いに盛り上がったファドレストラン、緑の海に浮かぶ黄色い島みたいだったペーナ宮殿、風に吹かれて寒くても立ち去りがたかったロカ岬、そしてまるで自宅にいるみたいにくつろげたナザレのマリアとアベルのおうち・・・

ポルトガルからもらったたくさんの思い出が一気に心から溢れてきた。
楽しい素敵な思い出をありがとう、ポルトガル

穏やかで優しい人や町に出会えたことが本当に本当に嬉しかった



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ブラガの観光案内所の職員さんに言われた通りに、リベルダーテ大通りのバス停から発車したバスに揺られて15分くらい。

海抜400mの丘の上に教会が建つ、ボン・ジェズスに到着した。
バスを降りると目指すボン・ジェズス教会→ボン・ジェズス
を見上げるかたちになる。バス停から丘の頂上まで運んでくれるケーブルカーもあるらしいけれど、この教会の見どころは「丘のふもとから教会にたどりつくまでの合計250段の階段」とのこと。

そんな見事な階段を登らずにケーブルカーに乗ってしまうのはもったいない!!なので、自分の足で登っていくことにした。ひとつめの大きな区切りを「五感の階段」とよび、階段の区切り(狭い踊り場)ごとに小さな泉が湧いている。

視覚の泉(人の顔の彫刻の目から涙のように水が流れている)・聴覚の泉(同じく人の顔の彫刻の、両耳から水が流れている)・臭覚の泉(同じく人の顔の彫刻の

鼻の穴から水が!!彫刻の人の顔はかなり深刻なもの。だけれども、申し訳ないが笑いを禁じえない)・味覚の泉(これまた人の顔の彫刻の口から水がドバドバと

・・・さきほどの大量の鼻水様の泉に続き、この彫刻もおもしろすぎる)・触覚の泉(同じく人の顔の・・・ではなく、人の形をした彫刻が水瓶のようなものを持っていて、その瓶から水が流れている。この彫刻からはサリバン先生が井戸水をくみ上げ、その水を受ける為のコップを手にした

ヘレン・ケラー『ウォーター!!!』と叫ぶシーンを想像してしまった
)の他に、階段の途中にはいくつかの小さな礼拝堂もあり、適度に休憩できるので段数の多さはあまり感じない。

その点同じ階段でも休憩してしまうと「もう無理!登りたくない」と思ってしまう讃岐金比羅山とはえらい違いだなあ。。。


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翌日。
ポルトから電車で1時間強の移動でブラガという町に行く。

ここはリスボンは楽しみ、コインブラは学び、

ポルトは働き、ブラガは祈り」
と称されるくらいの宗教の町。過去には大司教座が置かれたポルトガル第一の宗教都市であり、たくさんの教会がある町。

ブラガカテドラルポルトガル最古のもの。ポルトガルには大変古いものをたとえてブラガカテドラルのように古い」という言い回しもあるのだとか。
石造りの建物ばかり見ていると、どれが古くてどれが新しいのやら??と思うことも多いけれど、このカテドラルに安置されている歴代の王や女王、そして司教たちの棺の数の多さは尋常じゃない。

たしかに「宗教の町」のシンボルにふさわしい歴史を持っていそうだなあ。こんなにたくさんの棺があるんだもの、と納得。

ブラガ

カテドラルの周りにもたくさんの教会や礼拝堂がある。16世紀には、当時のローマ教皇をもしのぐ存在であった大司教ディオゴ・デ・ソウザによって、ルネサンス様式の優美な装飾が加えられ、その後バロック様式全盛の時代を迎えると、壮麗な建築群に姿を変えたという。
この町の観光案内所の職員さんも、他の町の職員さんと同じくとっても気が効くし面倒見がよい。

明らかに異国人、明らかに異教徒の私にも「ここからバスで20分くらいの場所に、ぜひ行ってみてください!!」と熱心に勧めてくれる。

オラリオ(時刻表)で確認するまでもなく、30分おきにバスは出ているらしいので、職員さんオススメのその場所に早速行ってみることにした。


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そして、ついに処刑の時刻がやってきた。無実の罪をきせられた男が絞首刑に処されようとしたまさにその時、こんがり焼けていたはずの雄鶏が裁判官のテーブルの上で立ち上がり

声高らかに鳴き叫んだ


自分の過ちにを知った裁判官はあわてて絞首台に駆けつけたところ、絞首刑用のロープの結び目が固すぎたため、男は一命を取り留めていた。そしてすぐに男は釈放された。

めでたしめでたし。以上、バルセロスの雄鶏伝説でした。

レプブリカ広場の露天で活気のある喧騒を感じ、歩き疲れたので休憩がてら無料(!)の考古学博物館に行ってみた。

すると、いかにも古そうな十字架が展示されている。博物館のパンフレットによると、「バルセロスの雄鶏の伝説」には後日譚があり、雄鶏が無実を証明してくれたおかげで釈放された男はそして数年後、再びバルセロスの町を訪れた。
そして聖母マリアと聖ヤコブ(サンティアゴ)に捧げる「十字架」を建てた。それが、今私が目にしている古びた十字架で、

なんと14世紀のものなのだそう。
さらりと「14世紀のもの」というけれど、日本の歴史と重ねてみてビックリ。鎌倉・南北朝時代と同じ時期。そんな時に既にポルトガルには「裁判官制度」が機能していたんだなあ。。。

カヴァド川の近くの考古学博物館を出て、すぐお隣のマトリス教会へ。ここには観光客どころか地元の人すら一人もいなくてとっても静かな教会で穏やかな気持ちでお参りができた。

ふらりとやって来たけれど、バルセロスもいい町だったなあ。。。



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翌日。
どうもポルトに来てから、なんとなく

体内の時間軸がズレているような感じがする。朝目覚める時間はいつもと変わりないのに、いつまでたっても眠い。
出歩くのは面倒だなあと思いつつ、ポルトから日帰りできる町で大きな露天市がたつ日なので、あくびをかみ殺しながら日帰り遠足に行く事にした。

ポルトから1時間強、転寝をしている間に着いたのはバルセロスという小さな町。
駅から1km弱くらい、まっすぐな道をテクテクと歩いていくとレプブリカ広場に出る。この広場で毎週木曜日に開催される露天市が今日の目的。

日用雑貨や服、色とりどりの果物にお花、野菜、そして家具まで、あらゆるものを売っている。たくさんのお店にまじって、この町(というよりもポルトガルの)マスコットともいえる「雄鶏」の置物おんどり

を売るお店がとっても多いことに気付く。
なぜならば・・・この町が「Lenda do Galo de Barcelos(バルセロスの雄鶏の伝説)」で、一躍有名になっているせい。

伝説の内容は。。。
昔、スペインの聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへ巡礼の旅へ向かう男がバルセロスの町で窃盗の罪に問われ、処刑されることになってしまった。
男は無実を訴えたが誰にも信じてもらえず、処刑の前に裁判官に会わせてほしいと頼んだ。そして男が裁判官の家に着いた時、裁判官は友人たちと晩餐会の真っ最中。男はテーブルの上の鶏の丸焼きを指差し、
「私は無実です。その証拠に、処刑が執行されるその瞬間、私の無実の証しとして、その雄鶏が鳴きだすでしょう」と言ったが、裁判官は男の発言を信じず一笑に付し、改めて男を絞首台へ送る事を決めたのだった。。。

男、あやうし!!

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翌日。
若いお嬢さんが勢ぞろいしているポルトの観光案内所でオススメされた見どころめぐりをする。
まずはクレリゴス教会の塔に登り、高さ76mからポルトの街を一望する。赤い屋根が続くポルトの街は(こういう風景をみると毎回そう思っているけれど)プラハに似ているような気がする。

ドウロ川を挟んで、昨日ポルトワインの試飲に行ったOSBORNEワイナリーのあるヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアまでを見晴るかし、自分が泊まっているお宿の建物を確認。緑の海のようだったシントラや、大西洋を臨むナザレとは全く違う都会の景色を目に焼き付けた後でサン・フランシスコ教会に行ってみた。

地味な外観のサン・フランシスコ教会に1歩入った途端に自分の目を疑った。壁といわず天井といわず

とにかく建物内部の全てが金ぴか!!
大航海時代、新大陸(この言葉には相変わらず納得できないけれど)の金と貴石の発見によってもたらされた莫大な富がターリャ・ドゥラーダ(金泥細工)といわれるこの金ぴかのバロック様式の装飾を可能にしたらしい。壁や天井はスゴイのに、なぜか床が木の部分があり、建物が古いせいか、

その床の部分を歩くと「きいい」と変な音がする。ポルトガルにも『うぐいすばり』があったのかな?柱や壁にところせましと施された彫刻と金箔に目がくらみそうになりながらサン・フランシスコ教会を出、カテドラルを見学たところでお昼休憩。

ポルトに着いた日に食べ損ねたムース・デ・ショコラーテ(チョコムース)を頂いて満足し、ポルトガルがこの富を得るキッカケになった大航海を命じたエンリケ航海王子の像エンリケ航海王子
をみる。

この人の命令ひとつでどれだけ大勢の人が大西洋に命を落としたことか
ロカ岬から眺めたはてしない大西洋の風景を思い出しながら、不慮の死を遂げたたくさんの船乗りや冒険家たちに思いをはせた。


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公園のベンチに腰掛けて呆けていると、お向かいのベンチには人懐っこく微笑みかけてくるおじいちゃんがひなたぼっこをしている。お天気もよくていい風情だし、あのおじいちゃんの優しそうな顔ったら!絵になるおじいちゃんだなあ・・・とこちらもニコニコしながらおじいちゃんに手を振り、「今自分がほろ酔い加減でシアワセで、

いかにいい風情の中に溶け込んでいるか
というヨロコビを友人への絵ハガキに認めようと思っていると・・・

くわえタバコの中学生くらいの男の子たち5~6人がやって来て、取り囲まれてしまった。ヨーロピアンは老若男女を問わず、ほんとに喫煙者が多い・・・などと考えていると、リーダー格らしき男の子が

「チナ?」と言いかけたので機先を制して「日本から来たの!」と言うと、男の子たちは意外と素直に
「日本人か~」
「コレ(絵ハガキに書いた文字を指差して)日本語か?」
「読めないな~。なんて書いてあるの?」

「絵みたいだなあ」などと口々に話しかけてきた。くわえタバコのままだけれど、反応が可愛いらしいので全然「悪そう」とか「怖そう」と思うこともなく、こちらも大人の余裕で
「うん日本語。日本語には『漢字』と『ひらがな』と『カタカナ』の3種類もあるの」と返すと

3種類も!!」
「日本語は難しいな~」
と、とってもビビッドなリアクションを返してくれた。

故なくゲラゲラ笑われたあげく「チーナ!中国に帰れ!」なんて罵られつつ、

更にパンツを下ろしたお尻を見せられる、というような切ない目に遭うスペインと比べるとこのポルトの少年たちのなんという素朴さ、可愛らしさ!
リスボンに次ぐ第2の都市なのにこんなに素直な子供たち(終始くわえタバコではあったけれど)が育っているとは。
ポルトガルってほんとに穏やかないい国だ。。。



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OSBORNEのワイナリーでは、醸造所の見学ツアーの締めくくりにポルトワインの試飲をさせてもらえる。
スペイン語で説明してくれていたお姉さんの話では、ごく新しい(若い)甘口のポルトワインと、5年くらい熟成させた赤いポルトワイン、そして最後には「無料じゃ飲ませてくれないだろう」と思っていた、10年以上熟成させたVintageまで「こちらもどうぞ」と、

タダで飲ませてくれた

大喜びで試飲した結果・・・最初の甘口、その次に飲んだ5年ものはお食事の前に頂くと食が進みそうな適度な甘さで口当たりも喉越しもよかったけれど、最後に試飲させてもらったVintageは。。。ワインというよりもブランデーそのもの。

とろ~りとした「いかにも熟成しました」というような甘味がいつまでも口の中に残り、チェイサーのお水が欲しいくらい
「貴重なものをいただいたのに

おいしく思えなくてスミマセン
と思ってしまった。

そういえば、トカイアスーを試飲したときも、一番値打ちのある(=熟成期間が長い)ものよりも若いものが口にあっていた私。舌が貧乏性なのだなあ。

ワイナリーを案内してくれたお姉さん、受け付けにいた男の子にさようならの挨拶をしてワイナリーを出ようとし、せっかく突風にあおられながらヴィラ・ノヴァ・デ・ガイア(お宿のある地域からはドウロ川という大きな川を挟んだ対岸)まで長い橋を渡ってやってきたんだし、ふと思いついて「このあたりに何か見どころはありますか?」と聞くと、「ナォン!ワイナリーしかないわよ!」とハッキリ宣言された。

でもドン・ルイス一世橋のたもとまで戻ると、小さな公園があったのでそこのベンチに腰掛けてしばし酔い覚ましの休憩をした。
ドウロ川から吹き上げてくる風は相変わらず激しい・・・。


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50mどころか、軽く150mくらいは歩いたと思う頃に入り口らしき門があったのでそこから入ると、先ほどのお兄さんとは別の男の子が受付にチョンと座っていて、てきぱきと対応してくれた。

受付の男の子が「見学?英語とポルトガル語とスペイン語のツアーがあるけどどれにする?」と聞くので、少し考えてスペイン語のツアーを選んだ。
お客は私だけだし、もう少し観光客が集まらないと見学ツアーは始まらないかも・・・洞窟探検のお客待ちでかなり待ったことがあったなあ・・・などと思っていると、スペイン語が話せるお姉さんがやってきて、

私一人だけの見学ツアーが始まった。
もちろん全ての説明を聞き取れたり理解したりできるわけがないので、理解できたところだけを整理してみると

6ヶ月に1度、ポートワインを熟成させている大きな樽(『ベル』と言ってたような・・・)を洗浄する為に特別なフィルターを使うこと。
ポルトワインは食前食後酒であるので、いくら好きでも食事と一緒に飲むのはダメなこと。(ワインもお料理もおいしくなくなるらしい)最近では1994年がポルトワインの当たり年なので、

この年のものはぜひ一度飲んでみるべきであること。
このワイナリーでは最低でも3年間は樽で熟成させ、その後は瓶詰めにしてそのワインにふさわしい年月を熟成させること。

お姉さんの説明を聞きながら、大きな樽が置かれた薄暗い醸造所ワイナリー
をテクテクと歩く。ヘレス・デ・ラ・フロンテーラのボデーガワイナリー)の樽には

たくさんの有名人がサインをしていたり(日本の現皇太子のものもあった!)、フラメンコを見ながら食事ができるスペースがあったりと華々しい雰囲気だったけれど、ポルトのワイナリーにはそういったフワフワしたムードはなく、質実剛健にワイン作り一本で頑張ってます!!という感じがする。
これも国民性の違いなのかな?



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「近い」と思っていたのに、観光案内所からドン・ルイス一世橋までの道も意外にくねくねとしていて分かりにくく、やっと橋にたどり着いたので渡り始めると、風がビュービュー吹きつけて寒いし髪は逆立つしもう大変。

やっと対岸のヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアに到着。観光案内所にいた可愛いお嬢さん職員さんの説明では、対岸に着いたらすぐに2つ3つワイナリーがある、ということだったけれど・・・たしかにワイナリーの看板はいくつか目につくけれど、そこまでどうやって行けばいいのか全く手がかりがない。

仕方なく道なりに歩いていくと、普通の住居っぽい建物の2階から私を見下ろしているセニョーラ(おばさん)がいたので、こんにちは!と挨拶をし、ワイナリーに行きたいんです!!と大きな声で言うと、セニョーラも「一番近いところは○○(聞き取れなかった)!この道をまっすぐ歩いて右に曲がって!!」と、大きな声で教えてくれた。
私が不安そうな顔をしていたせいか、すぐに1階に下りて来て、

「この道よ!」とわざわざ指差し確認をして教えてくれたセニョーラに感謝。お宿を探す時もそうだったけれど、ポルトではよくセニョーラに助けられているなあ。。。

セニョーラの言うとおりに進み、なんとか「OSBORNE」というワイナリーに到着した!
ポルトガルなのに社名が英語なのはなぜかというと・・・17世紀にスペインに対抗する手段として関税特権を与えられたイギリスの企業が進出した為で、その頃からポルトでのワイン醸造が盛んになったらしい。

OSBORNEはそこそこ大規模なワイナリーのようで、周りをぐるりと取り囲む塀のどこが入り口なんだか・・・。よく分からないままに門のようなところがあったので、そこのブザーを押してみた。
しばらく待っていると、ワイナリーの従業員風のお兄さんがやって来て、
「ここの前の道を右に曲がって50m歩くとドアがあるからそこから入って」と指示される。

50mくらいしか離れていないならここから入れてくれればいいのに。。。


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にこやかな観光案内所のお嬢さん方オススメのポートワインの工場見学に行く事にした。
ボデーガ(ワイナリー)見学なんて、スペインヘレス酒のボデーガに行って以来ご無沙汰なのでとっても楽しみ

ポルトもコインブラと同じく、大きな川(ドウロ川)を挟んで街が二分されている。
ポルト

お宿やバスターミナルがあるのは川の北側の丘陵地帯で、ワイナリーがあるのはドウロ川の南側のヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアと呼ばれる地区。
長さ100mくらいのドン・ルイス一世橋を渡るとすぐに行けるし、ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアには有名なサンデマンやカレムなど、ワイナリーが30以上もあるので、好きな銘柄のワイナリーに行くのもいいし、いくつかのワイナリーを飲み歩くのも楽しいらしい。

ポルトワイン(ポートワイン)は、ヘレス酒(シェリー酒)と同じように一時発酵の途中でブランデーを加えてワイン自体の発酵を止める、

酒精強化ワインで、醸造の方法により、いくつかの種類に分けられている。(以下ポルトワインについての説明です)

樽で4~5年熟成させたものがRuby。名前の通り色合いは鮮やかなルビーのようで、若々しいワインの甘みがある。
樽で6年以上熟成させたものはTawny。この頃になると、色は黄褐色になっている。
好天に恵まれた年に採れた上質のぶどうを樽で2年間熟成させ、更に瓶詰めをしてから10年以上ねかせたものがVintage。

もちろんとっても貴重なもの。
そして、白ぶどうから作られて爽やかな酸味を持つWhite。

主にこの4種類に分けられるそうです。
さすがにVintageは無料で試飲させてもらえないだろうな。。。


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お宿のセニョーラ(おばさん)も面倒見がよく、コインブラから来たばかりならお腹空いてるでしょう?いいお店があるわよ!と手頃な値段のレストランを教えてくれたので早速行ってみた。

お店の人が愛想よく勧めてくれた「日替わり定食」を注文すると、(多分)豚肉の竜田揚げみたいなメイン料理と、豆とお米が具材のスープが登場。スープの具が少なくて、今までよく食べていたスープと比べるとかなりちゃぷちゃぷした感じで、少し食べ足りないかな?

デザートにムース・デ・ショコラーテ(チョコレートムース)を所望したところ、ランチの分で作っていたのは売り切れたのでプディン・フラン(普通のプリン)はいかが?と勧められる。素直に注文したけれど、運ばれてきたプリンを一口食べてみて驚愕した。。。

今まで口にしたプリンの中では間違いなく一番カタイ!歯応えのあるプリンなんて今まで食べたことがないぞ。上手に表現できないけれど、舌触りがややザラザラとした

固めの水ようかんという感じ。で、とにかく甘い!!!


甘いものは好きだけれど・・・これがプリンだと思うとどうも納得できないなあ。また明日出直して食べにこようかしら、ムース・デ・ショコラーテ・・・。

プディン・フランの強烈な後味の甘さに閉口しつつ、バスターミナルで教えてもらった観光案内所に行ってみた。
すると!カウンターには、にこやかな若い女の子(みんな大学生くらいに見えた)がずらりと並んで座っているという華やかさ!

セニョール(おじさん)やセニョーラが一人、もしくは二人でひっそりと営業している観光案内所に慣れた目にはポルトの観光案内所のお嬢さん方の笑顔はとってもまばゆくて、親切にポルトの街の見どころを教えてもらった上に、目の保養もさせてもらってとっても満足。

女の目から見ても可愛いお嬢さんたちだし、ポルトっていい街!!」って喜ぶ男性観光客もたくさんいるんだろうなあ。


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翌日。
10:30発のバスに乗り、コインブラを発った。
今回のバスは2階建てで見晴らしもよく、暖房が効きすぎることもなかったのでとっても快適な移動になった。

1時間半くらいのバスの旅で着いたところはポルトガルの商工業の中心地、ポルト。人口30万人以上の街なので、バスターミナルも複数あるらしく、私がコインブラから乗ってきたバスは街の中心地からも観光案内所からも少し離れたところにあるバスターミナルで停まってしまった。大きな街ってこういうところが不便。。。

バス会社のチケット販売員さんが観光案内所の場所を分かりやすく教えてくれたので、タヌ夫さん(キャスターつきリュック)を引っ張りながらまずはお宿探し。
大都会なので、ナザレでお世話になったマリアとアベルのおうちのようにフレンドリーなお宿を探すのは難しいと思うけれど、適度な値段で快適に過ごせるお部屋が見つかりますように。

バスターミナルから一番近い鉄道駅、サン・ベント駅の周りを

「ペンサオン」「レジデンシア」という看板を探しながらウロウロしてみたけれど、見当たらないんだこれが。
ホテルに泊まるような余裕はないし。。。
サン・べント駅の近くのお店で店番をしていたセニョーラ(おばさん)に、駅の近くに安宿はありますか?と聞いてみると、このあたりにはないのでバターリャ広場に行ってみたら?と教えてくれた。
言われた通りに今来た道を戻り、バターリャ広場に着くと、すぐに「ペンサオン」の看板を発見!
1件目のペンサオンにアタックすると、

値切る前から1泊2,000円という安さ。少々狭くてもこの安さなら納得!と思いつつお部屋を見せてもらうと、これまたコインブラのお宿同様通りに面した大きな窓や洗面台があり、リネン類もふかふかでとっても清潔。
もちろんベッドは定番になりつつあるダブルベッドで広々している。快適そう!

ほんとにポルトガルってお宿に恵まれるなあ。窓なしの部屋で息が詰まるような思いをせずに寝られる国があるなんて。。。

世界は広い



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コインブラ大学の、いかにも「学び舎」という雰囲気と学生さんたちのオーラに酔いながら、構内の礼拝堂と図書館↓
図書館
などを見学する。

天井までそびえる金細工の本棚にぎっしりと詰まった蔵書に圧倒される図書館。1724年に建てられた歴史あるもので、部屋全体が金蒔絵のよう。高いところにある本棚の本をとる為に架かったはしごまであり、いかにも使い勝手はよさそうだけれど・・・こんなところで勉強するのは少し落ち着かないような気もする

学生さんたちに混じって学食に入り、手頃な値段でお腹いっぱいになるランチを楽しんでコインブラ大学を出た。礼拝堂も図書館も素晴らしかったけれど、やっぱり

一番印象に残ったのは前途洋洋な学生さんたちだった。


未来のある学生さんたちとその日その日をやり過ごしている自分をついつい比べてしまい、更に先日読み込んだ時に頭から離れなくなっていた『ねじまき鳥クロニクル』の一節(笠原メイの台詞で『私はごく普通に生活してきたつもりだったのに、気がついたらみんなから嫌われていた。

誰からも好かれていなかった
というくだり)を思い出し、「誰からも好かれていないってことはないけれど、みんなに忘れられているかもしれないなあ・・・」と寂しい気持ちになったので、久しぶりに実家に電話をしてみた。

すると、Kから「最近音沙汰がないけれど元気ですか?M子(モロッコで水あたりになった時に大活躍した抗生物質やビタミン類をお餞別としてたくさん持たせてくれた薬剤師)がもうすぐカナダにワーキングホリデーで出発することになりました」という伝言があったらしい。

人恋しい気分だったので、時差も考えずKに電話をかけ、元気で毎日楽しんでいることを報告すると、Kも安心した様子。

納得できるまで頑張って旅を楽しんで!というエールを送ってくれた。

何ヶ月も会っていなくっても、忘れずにいてくれる人がいてよかった。
私は「誰からも好かれていなかった」ってわけじゃないんだなあ。。。



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優雅な釣り人に心でバイバイをした後は、サンタ・クルス修道院の「静寂の回廊」を見学し、中庭にある噴水と、スプリンクラーがくるくる回っているのをのんびり眺めていた。私もさっきの釣り人セニョール(おじさん)と同じくらいにのんびりした時間を過ごしているなあ。。。

遠足風の子供たちがどやどやとやって来て、せっかくの「静寂の回廊」が非静寂になってしまったので次の目的地に向かう。

丘陵の街、コインブラの中心になるコインブラ大学へは坂道を登っていくことになるので、坂の途中のどっしりとした旧カテドラル
旧カテドラル
(元は要塞として機能していたらしい)に寄り道をし、しばらく休憩した後で丘のてっぺんにあるコインブラ大学を目指す。

鉄の門、別名『無情の門』は開け放たれていて、来るものは拒まず、というおおらかな雰囲気が漂う。

構内は旧大学と新大学に分かれていて、新大学の構内には若々しい学生さんたちがいっぱい!
何かのイベントでもあるのか、襟の先までピンとした白いシャツに、黒いパンツ、そして黒いマントを羽織った学生さんたちが闊歩していたり。まるで映画のワンシーンのようで、すれ違う学生さんたちをついつい凝視してしまう。

マントを羽織っていない、ごく普通の服装をしている男の子も女の子も体中から

「大学生オーラ」「若者オーラ」が出まくっている。生き生きとした彼らを見ながら、
ああ青春時代ってコレだ!私もこんな風に未来への希望や理由のない自信を発散させながら生きていた時があったのだなあ・・・と、ついつい若かりし日を懐古していた。
若作りをして実際の年齢より若く見られていたり、気持ちはいつまでも20代のつもりでいても明らかに私は彼らとは一線を画したステージの人間になってしまっているなあ。。。

普段中高校生くらいの子供たちを見ても「羨ましい」なんて思うことはないけれど、

大学生は別格だ。学生の頃、何も考えずに遊び呆けて4年間を無為に過ごしてしまった自分と比べると、今すれ違っているこの子たちは何か大きなことを身につけそうな気がしてとってもとっても羨ましい。

未来は君たちの手の中にある。しっかり学べ 若人よ!



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翌朝。
通りに面した大きな窓からは道路を走る車の音がひっきりなしに聞こえてくる。ああここはナザレじゃないのだなあ。。。波の音が懐かしい・・・と思いつつ身支度を整えて(ナザレにいる時はくたびれたTシャツと短パンで普通に外出できたけれどコインブラではそうもいかない。面倒だなあモンデゴ川沿いを散歩してみた。

川沿いの道とモンデゴ川の川面とは高さに差があり、道から川面まで降りていけるような階段が何箇所も作られている。
いくらキレイな水でも川の水を汲んで飲み水にするわけはないだろうし、何に使う階段かな?と思っていると、大きなカゴに洗濯物を入れたセニョーラ(おばさん)がスタスタと階段を降りて行き、モンデゴ川でお洗濯を始めた。こんな都会で予想もしなかった風景が見られた。

気分はガンジス川だ。

別の階段にはセニョール(おじさん)が腰を掛け、一人で釣りを楽しんでいる。ゆったりした流れに釣り糸を垂れ、のんびりとタバコを吸っているセニョールは「魚なんて釣れても釣れなくてもいい」と思っているみたい。釣竿の先には目もくれず、モンデゴ川の対岸(イネスが住んでいた『涙の館』が建っている方)を見つめている。

どんな魚が釣れるのか気になったので私も階段の途中まで降りて行き、セニョール以上に気をつけて釣り糸の様子を見始めて20~30分後。
釣竿の先が何度か川面スレスレまで引っ張られ、セニョールが釣竿を引くと・・・

30センチくらいの川魚が釣れた!
わあ大物!セニョールすごーい!!と心で拍手しようした時、セニョールの手が滑ったのか、魚がしっかり釣り針をくわえていなかったのか、釣り上げた魚はぽちゃんとモンデゴ川に落ちてしまった・・・。

セニョールは特に悔しがる風もなく、何事もなかったかのように、再び川面に釣り糸を垂れ、対岸を見つめている。
釣りって、優雅な時間の過ごし方だなあ・・・。


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後先のことを考えずに買い物をした自分が悪いとはいえ、夕食が大量のアイスクリームとは
昨夜のマリア手作りの温かい家庭料理とのなんという違い・・・。新しい町に来るって寂しいものだなあ。

その寂しさにも負けず、翌日は朝から精力的に動く。
まずはモンデゴ川にかかるサンタクララ橋を渡り、「涙の館」へ行ってみる。
ここはアルコバサの大聖堂で、ものすごおおく立派な石棺に眠っている悲劇のヒロイン、イネスが住んでいたとされるお屋敷(今では「涙の館」という名のホテル涙の館
になっているけれど、ホテルの宿泊客でなくても庭園にある見どころは無料で見学させてもらえる
)。

イネスとペドロ王子が愛を語り合った『恋人たちの泉』を越えると、その奥にはイネスが殺された場所とされ、涙の館の名前の由来にもなった『涙の泉』がある。小さな用水路のような泉の源泉を覗くと、底には赤い石があり、その石は

ここで喉を切られて殺されたイネスの血で染まったもの
 といわれている・・・(怖)。

ポルトガルが誇る詩人、カモンエス(ロカ岬に建つ十字架の塔に刻まれた『ここに地終わり海始まる』の叙事詩の作者)の詩が刻まれた石碑があるだけで、ホテルの宿泊客も観光客もいない、寂しい観光名所を後にし、新サンタ・クララ修道院を見学。

ここからはモンデゴ川の対岸にあるコインブラの街の全景が見られる。急な上り坂にもくじけずに頑張って上ってきたご褒美だ。コインブラの街を独り占めしているような気持ちになれる。なんていい景色!

イネスとペドロ王子もこの景色を見ながら

仲良く過ごしたんだろうな
。。。



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あまりにもいい風情なので、モンデゴ川にかかるサンタクララ橋(200mくらいある)を渡り、川向こうからコインブラの街を眺めた。
コインブラ


丘の斜面全体に白い建物がたくさん建っていて、遠くから見ると白い城塞のように見える。城塞の一番てっぺんに見えるのはヨーロッパ屈指の長い歴史を持つコインブラ大学。

ここはフランスのパリ大学、イタリアのボローニャ大学、スペインのサラマンカ大学に並ぶ古い大学で、1911年にリスボン大学が設立されるまではポルトガル一の大学だったらしい。

今でも学生が卒業する5月には、ケイマ・ダス・フィタス(リボン焼き)というイベントで盛り上がるそうで、これは学部ごとのシンボルカラーを身につけた学生たちが、シンボルカラーと同じ色で飾られた山車で町中をパレードすること。時期がぜひ合えば見てみたかったなあ、学生たちの乱痴気騒ぎ・・・。

しばらく道なりに歩くと、廃墟のような旧サンタクララ修道院にぶつかる。ここから少し歩くといくつかの見どころがあるはずだけれど、既に閉館時間を過ぎているので明日また出直すことにし、再びサンタクララ橋を渡り、コインブラの町の、大学がある側に戻る。

スパッカ・ナポリを髣髴とさせるようなせまーーい路地を歩いたり(でも道ですれ違う人たちはナポリの人みたいにやたらめったら陽気だったり、イヤに目つきが鋭かったり、ということは全くなくてみんな穏やかに挨拶をしてくれる。やはりここはポルトガルなのだなあ)、突然道が開けて大きなスーパーに行き当たったり。

そういえばバスの中があまりに暑かったから『降りたら絶対にアイスクリームを食べよう!』と思っていたことを今になって思い出し、アイスクリームを物色。1人分のカップ入り、などという上品なサイズが見あたらない。でもそんなことでは一度

「食べたい」と思った気持ちは消せず、明らかにファミリー用と思われる大きな容量のものを買い、大急ぎでお宿に戻る。

受付にいたセニョーラ(おばさん)に冷蔵庫を貸してほしいとお願いすると、ここには冷蔵庫はないのよ、とニベもない。

マリアとアベルんちみたいに『おうちに泊めて貰う』的なお宿じゃないので仕方ない・・・溶ける前に全部平らげてやるわっ!


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移動のバスがあまりにも暑く、脂汗まみれになったTシャツや短パンを脱ぎ捨て、部屋着とパジャマの中間くらいに位置しているくたびれた服装に着替えて外に出ようとし、フト窓の外を見ると。。。皆さんそれなりにこぎれいな格好をしていらっしゃる。
ここはナザレみたいな海辺の田舎町じゃないのだ・・・。

ということで不本意ながら再度脂汗まみれの服に着替え、コインブラの街にくり出した。
バスターミナルには観光案内所がなかったので、鉄道駅(コインブラ駅とコインブラB駅があり、二つの駅の間は少し距離がある。ややこしい・・・)の近くならあるかもしれない、と予想してテクテク歩いていると、遠くに観光案内所の看板を発見!

19:00まで営業している観光案内所に18:59に駆け込んだ旅人にも職員さんはすごく親切にしてくれて、コインブラの地図や日帰りで行ける観光名所、コインブラのみどころ、更にスーパーマーケットの場所まで詳しく教えてくれた。
なぜかこういう親切な観光案内所の職員さんに出会うと、リスボンのフォス宮の近くの観光案内所で「この近くで泊まれる安宿を教えて下さい」と言った私を「安宿なんてないわよ。もっと上の方に行ってみれば?」

鼻であしらった、感じの悪い職員を思い出してしまう私は相当執念深いのだなあ・・・)

観光案内所の前はモンデゴ川という、なんだかボコボコした語感の大きな川が流れている。その川と、両岸と、川にかかる橋(サンタクララ橋)と、コインブラの醸し出す雰囲気がとってもよくって、マヌエルブラガ公園(これまた語感がボコボコしているなあ)をそぞろ歩いた。

気分が広々とする町の景色を存分に味わいたいならポルトガルが一番かもしれないなあ。ポルトガルの町にハズレなし!

他の国の町も、確かに1つ目2つ目ならわー建物がキレイ!広場も可愛い!と思うけれど、5つ目6つ目ともなると真ん中に広場があって噴水があるのはお約束、広場を囲む建物も可愛いよ、

はいはいそれで?
って感動が薄れることも多々あるのに(特に中欧の田舎町)、ポルトガルは海沿いでも川沿いでも山の中でも、どこに行ってもその町の風景にはそれぞれに際立つ持ち味があるのだなあ。。。


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16:10発のバスに乗り込み、窓際の席を確保。
心の故郷、ナザレを後にして、新たな土地へ踏み出すのだ!寂しくないぞ、

頑張れ私!!
という熱意がバスにも伝わったのか、この窓際の席、ものすごく暖房が効く。。。
暑くて暑くて、顔が脂汗でテッカテカになるような過酷な2時間強のバスの旅を終え、着いたところはポルトガルの文化の中心地で学生の街、コインブラ

バスターミナルはナザレのものとは比べ物にならないくらい大きくて人もたくさんいて、シティオ地区の観光客の集団を思い出す。近くにいた地元の人らしきセニョール(おじさん)に、「セントロ(街の中心地)はどこ?ここから遠いですか?」と聞くと、セントロはあっち(と指で方向を示してくれた)、それほど遠くない、歩いて行けるよ、と教えてくれたのでお礼を言ってタヌ夫さん(キャスターつきリュック)と共にセントロを目指して進む。マリアやアベルのお宿みたいに快適なところが見つかればいいなあ。

大きな通りの向かいには、すぐに「レジデンシア」(レストランのない安宿)の看板が見つかったけれど、交通量の多い通りを横断するのが面倒なことと、もう少しセントロに近いお宿の方が何かと便利だろうと考えたのでしばらくそのまま歩いたものの、全く「宿泊施設」らしきものがなかったため、諦めて大きな通りを横断。

こんな時、タヌ夫さんが抱えて走れるくらいに軽くて小さければいいのに・・・とつくづく思う。パッキングが下手でいつまで経っても大荷物と縁が切れない自分が恨めしい。

通りのお向かいに渡って最初にアタックしたお宿は、1泊3,500円、3泊以上で値引きありという条件。

お部屋を見ると、通りに面した大きな窓があり、お部屋の中には洗面台、更にビデまでついている。ダブルのお部屋をシングルユースさせてくれるし(気付けばポルトガルに来てからずーーーっとダブルベッドで寝ている)シャワーもトイレも清潔だし、なんと革張りの椅子まで置いてある!安宿らしからぬ立派なインテリア、というか、安宿ゆえに余計に引き立つのかな?背もたれの彫刻もすごく凝っていて、少し腰かけてみると座るところの硬さもちょうどよく、いつまでも座っていたい気持ちになった。

こんなに快適な椅子に座って通りを眺めながら絵ハガキでも書いてみたい!!と思ったので、早速値段の交渉。2泊で5,000円まで値切れて大満足。

幸先いいぞ、コインブラ



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翌日。
夕方にナザレを発つバスに乗るので、それまではプライア地区に降りてブラブラしたり、大西洋を見納めしたり。

今日も昨日と変わらず、来るか来ないか分からないお客さんを待ってミニチュアの投網や漁船の模型を並べている老セニョール(おじさん)たちや、行きつけのBar(カフェ風のお店)のセニョールに挨拶をする。
その後はナザレに着いた初日に満員御礼で入れなかったレストランに入り、サルディーニャス・アサーダス(鰯の炭火焼)とアローシュ・ドース(お米のプリン)を堪能した。さすがに人気店、鰯は絶妙の焼き加減だし、デザートもくどすぎず、かといってアッサリしすぎず、ちょうどいい甘み。
最後に来られたことはほんとにラッキーだけど、できることなら毎日このお店に通って色々なお料理を食べてみたかった・・・。

お腹がいっぱいになって元気は出たけれど、タヌ夫さん(キャスターつきリュック)を引っ張ってバスターミナルまで歩くのは大儀だなあ・・・とお宿に戻ってビッカ(エスプレッソ)を頂きながらどんよりしていた私を見かねたのか、ナザレ駅へ客引きに行き、今日も手ぶらで戻ってきたアベルが「バスターミナルまで連れて行ってあげる」と申し出てくれた。

本当に本当にありがたい申し出。優しい人、他人を思い遣れる人っていいなあ。予想外の『親切』って、ほんとに心にしみる。

長い間一人で旅を続けていると、自覚がないまま知らず知らずに心がささくれだっていてキレやすくなるのか、

イタズラをする子供の腕をフォークで突く、というような大人気ない事をしてしまったりするけれど、他人から受けた親切には素直に感謝できる人間でいたい。

そんな事を考えていると、あっという間にバスターミナルに着いてしまった。
車から降りて、アベルの車が今来た道を引き返し、坂を上って小さくなっていくのを見送ると、ああまた知ってる人なんて一人もいない土地に行くんだ私は・・・と、少し切なくなった。

いい人たちとお別れするのは寂しいけれど、ナザレを心の故郷にしてくれたマリアとアベルには感謝の気持ちでいっぱい。

マリアもアベルもいつまでもお元気で!
またいつか泊まりに来るからね。。。



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宿に戻り、明日ナザレを発とうと思っていることをマリアとアベルに告げると、マリアは明らかに2人分のボリュームの夕食を手早く3人分に取り分けてくれ、アベルは壁にかかっている小さなマリア像に

「これからのこの子の旅が安全でありますように」(多分)というお祈りをしてくれた。

野菜がたっぷり入ったスープと、バカリャウ・ア・ブラス(干しダラ・たまねぎ・フライドポテトの卵とじ)。決して豪華ではないけれど、本当においしく頂いた。

食後に、今までのお礼にと、お宿のあるペデルネイア地区からは少し遠いけれど、プライア地区にある行きつけのBar(カフェ風のお店)にマリアとアベルを引率し、甘いものが好きな二人にムース・デ・ショコラーテ(ねっとりとしたチョコレートムース)をごちそうした。(毎日このBarでカフェを飲んではぼーーっと呆けていた私をお店のセニョール(おじさん)覚えてくれていて、1人分の代金はサービスしてくれた。ありがとうセニョール!

お宿へ戻る道すがら、ねっとりむっちりしたチョコレートムースの後味を味わいつつ、マリアとアベルと私の3人で見上げた満天の星はものすごくキレイだった。
次の町でも、優しい人たちと一緒にキレイな星たちを見られますように。。。と思わずにはいられないくらいの星空だった。

お宿に戻るとアベルが昔の写真をたくさん持ち出してきてくれて、若い頃のマリアとアベルに驚いたり、(特にマリアの痩せっぷりに驚く。

やはり白人は中年以降急激に太るのだなあ・・・)
今は離れて住んでいる子供たちの赤ちゃんの頃などなど、このおうちの歴史を垣間見させて頂いた。

自分の部屋のベッドに横になり、お宿に置いている旅人たちの思い出を書いたノートをもう一度読み直し、最後に自分の感想も書き加えておいた。

いつの日かこのノートを読み直すために、またこのお宿に来られますように・・・。


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ミニチュアの投網売りの老セニョール(おじさん)の縄張り(?)から少し離れたところにも、元漁師っぽい老セニョールがいる。こちらの老セニョールの前に並んでいるのは、プラモデルというにはあまりにチャチいお船の模型(老セニョールの手作りかも?)の船体にたどたどしく「NAZARE」(老セニョールの孫の手書きかも?)と書かれたものがいくつか。

さきほどの投網の老セニョール、そしてこの模型の老セニョールを見ていて

「人生いろいろ」という言葉が映像になって目の前に迫ってきた。

投網の老セニョールには老セニョールの、模型の老セニョールには老セニョールの、そしてお宿の宿泊客が何かしら思うことを書き留めたノートに『僕は2年間 必死で仕事ばかりしてきました。そんな自分が嫌になって、仕事を辞めてリフレッシュの為に旅に出ました』『この宿に25連泊しました』『もう日本には3年帰っていません』と書いていた旅人たちには旅人たちの、それぞれが送ってきた人生。

「いくら必死でも2年間くらいで仕事辞めちゃうなんてねえ・・・

最近の若い人は・・・
と思ってしまう私も、2年間で仕事をギブアップしてナザレにやって来た旅人も、少なくとも50年くらいは来る日も来る日も大西洋に漁に出て、やっと漁師生活をリタイヤしたのに、その後は来る日も来る日も、砂浜にミニチュアの投網や船の模型を並べ、来るか来ないか分からないお客を待っている老セニョールにすれば同じように「気楽に生きている観光客」でしかないのだろう。

大きな目的も目標もなく足の向くままユーラシア大陸のはてまでやって来て、なんとなく観光して毎日を過ごしている。というよりも、やり過ごしている?


そんな自分がとても小さく思えた
このままぬくぬくとナザレにいても、前には進めない・・・。



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翌日。
大聖堂も修道院もたっぷり見学したし、今日はナザレで休憩しよう。大西洋を見ながらブラブラと歩き、砂浜の適当な場所に腰を下ろして、今持っている唯一の小説『ねじまき鳥クロニクル』を読んでいると、セニョール(おじさん)が近づいてきて「ジャポネーザ?」と聞いてきた。

「Sim!『中国人?』と聞かないあなたはポルトガル人でしょ?」と答えると、セニョールは爆笑しながらSim!と答えて、ずっとナザレにいるのか?これからどこに行く予定?学生かい?などと怒涛のように質問をする。

セニョールのポルトガル語が理解できることが嬉しくて律儀に質問に答えていると、セニョールも親切にポルトガルの観光名所や、ポルトガルを北上してスペインに入り、そこから海辺の町に行ってみるといいよ、などと色々な事を教えてくれた。

親切なセニョールと別れてからも砂浜に陣取り、大西洋を眺めていた。
今日も空が青くて雲が流れるのが早いなあ、そのわりに海がいつもほど青くないのは水平線のあたりに霧みたいなものがかかっているからかな?あの霧がかかっている日は

夕日が水平線に沈む瞬間が見られないはず。残念だなあ。。。


視線を感じて視線を水平線から砂浜に戻すと、少し離れたところにいる、真っ黒に日焼けをした顔に、いかにも長年潮風に吹かれてできたらしい、深い皺が刻まれた老セニョールがこちらを見ている。
こんにちは!と声をかけると老セニョールも片手をあげて応じてくれたので近寄ってみた。

老セニョールの前には観光客向けのお土産用らしい魚捕り網のミニチュアがいくつか並べてある。平日の、私の他には観光客が見当たらない砂浜にミニチュアの投網を並べて終日海を眺めているんだ。

・・・いいなあ、こういう生活


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ナザレからバスで20分間のエクスカーション、アルコバサに到着。
この町の名前の由来は「アルコア川」と「バサ川」の交わるところにあるから、とのこと。そして町の観光の目玉は予想通りの大修道院

聖母マリアに捧げられた(ポルトガルには聖母マリアに捧げられた修道院が

『これでもか!』ってくらい、たくさんあるなあ・・・)
サンタ・マリア修道院は、規模は大きくて町の中心地にデンと鎮座ましましている様子がとっても立派。
なのに、バターリャ修道院と同じく、内装はとってもシンプル。『簡素』という表現がピッタリ当てはまる教会へ進み、ベンチの末席に座って

「一昨日『奇跡の水』をゴクゴク飲みましたが体調も崩しておりません。ありがとうございました」とマリア様にお礼参り(?)をし、他の観光客の後について教会内を進んでみた。

すると!シンプルで簡素なこの修道院には似つかわしくないくらいに美々しい石棺?のようなものアルコバサ
が離れ離れに2つ安置されている。石棺の上にはそれぞれ王様と王妃様のような人が横たわり、周りを天使たちが取り囲む彫刻の素晴らしい事!

しかしこの簡素な教会の中では、かなり浮いてるなあ。。。どなたの石棺かな?こんなにいいポジションに置かれている石棺だし、いずれ名のある人の棺に違いない。知らない事は知っている人に教えてもらうに限る!

ラッキーなことに14:00までなら入場無料の日だったので一旦サンタ・マリア修道院から出て、修道院の前の広場の近くにある観光案内所に行ってみた。

職員さんが説明してくれた内容は・・・昔、ポルトガルのペドロ王子は、父アフォンソ4世の命令でカスティーリャ王国(スペイン)のコンスタンサ姫と政略結婚をしたが、その侍女のイネスと恋に落ちた。コンスタンサ姫が亡くなるとペドロはイネスとの関係を公にし、3人の子供をもうけた。しかし、カスティーリャ王国からの圧力を恐れた父王と家臣によって、イネスは殺されてしまう・・・。(お姫様が亡くなってからなら別にいいんじゃない?と思うが。イネスもスペイン人だろうし

後に王位についたペドロ1世は、死んだイネスを正式な妻として教会に認めさせた上、

イネス殺害にかかわった者はすべて処刑したのです・・・とのこと。
ペドロ1世の遺言により、ペドロとイネスの棺は最後の審判の日に再び会えるよう、お互いが起き上がった時に、ちゃんと向かい合わせになるように安置されているのだそう。
「生まれ変わったら一緒になろうね」ってヤツかしら。
うーん、悲恋。


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翌日はナザレで骨休み。アベルに朝のコーヒーをごちそうになり、プライア地区をブラブラ歩いて大西洋を吹き渡る潮風の香りを胸いっぱいに味わって、メルカド(市場)に出店しているセニョーラたちに挨拶をしてまわる。

ナザレの住人になった気分で1日過ごし、安らかに就寝すると、大きな太陽がぐるぐる回り、それを見つめていると、周りにいた人たち(周りにいたのはなぜかマリアやアベルではなく、モロッコとスペインで何かとお世話になった超偏食カップルと、VESPAに2人乗りをしてラ・マンチャの村々に連れて行ってくれたアナスターシオ。。。なぜ共通点もないのにこの3人と一緒だったのだろう??)に

「見ちゃだめ!!」「地面に伏せて!!」とものすごい剣幕で怒られる、という夢を見た。明らかに「ファティマの予言」に影響されているなあ。なんて暗示にかかりやすい私。

マリアとアベルに「不思議な夢を見た」と言いたくて、でも『不思議』という言葉が分からず、「変な夢を見たよ。一昨日ファティマに行ったからかな?」と話すと、「マリア様に関係があるかもしれない夢なのに、

『変』なんて言ってはダメよ」
と予想通り注意されてしまった。

この子には信心が足りない、と思われたらしく、マリアとアベルの2人がかりで熱心に

「今日はアルコバサに行ってみたら?」と勧められた。
きっときっと立派な大聖堂なんかがある町なんだろうな~と思いつつ、特にすることもないしバスのオラリオもお宿にあるし、しかもバスなら20分という近さなので軽い気持ちで行ってみることにした。先日行ったバターリャと似てるんだろうな、と思いつつ。

「今日は『ノー ツーリスト』じゃなければいいね!」とマリアに行ってきますの挨拶をして(今日はアベルが一人で客引きに行ったみたい。お宿のお部屋は余っているのに、私が泊まってからはお客は私一人の状態が続いている。値段交渉の時にざっくり値切ってしまったので、

『この貧乏神!!』とか思われていたらどうしよう?と気になってしまって・・・
)、バスターミナルに向かう。

と、アベルが「今日も『ノー ツーリスト』」と少ししょんぼりして帰ってきた。私がちょうど外出しようとしているところだったので、「バスターミナルまで送るよ」と言ってくれたけれど、アベルは今戻ってきたところで疲れているだろうし、ガソリン代も余分にかかるし・・・と考えたので今日はお断りしてテクテク歩いてみた。

歩くと結構遠い・・・



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バターリャでは修道院しか見学するものがないのと同じように、ファティマもバジリカ以外に特に見るものがないだろうし、閑散としているのかしら・・・などと思っていた私は、ファティマカトリックの聖地だということを知らなかった。。。

広場(本当に広い!540m×160mというハンパない広さ)の遥か向こうには荘厳(と思われる。遠すぎてよく分からない)なバジリカがそびえている。広場を囲むのは世界各国から集まる信者たちを迎える為のホテルや安宿、おみやげ物やさんがたくさん連なっていて

まるで大きなお寺の門前町のよう。

「観光の目玉」というだけではなく、あらゆる意味でファティマの町の中心はこの巨大なバジリカ。

バジリカと広場を中心にして、放射線状に何本もの通りが走っている。
広い広い広場を抜けると、やっとバジリカの正面にたどりつく。
広場の中央にキリスト像が建っていて、その足元からは泉が湧き出している。

建物に入る前に、泉の近くにたくさんいる信者さんたちにまじって、その泉の水を口に含んでみた。
冷たくて少し鉄の味がするような・・・これが『奇跡の味』なのかな。みんなが飲んでいるし、多分大丈夫だとは思うんだけど。
いや、飲んでいる風に見えるけれど口に含んでいるだけの人も結構いるみたい。ゴクゴク飲んじゃったけど、どうしよう。。。

とりあえず水あたりをおこしませんように!とマリア様にお祈りしておく。(小さなお願いだなあ)


マリア様が初めて3人の子供の前に姿を現した場所に建てられた『出現の礼拝堂』には、長さが30cmくらいありそうな立派なろうそくが所狭しとお供えされている。
ろうそくの前の冷たい床にひざまずき、熱心にお祈りをする人たちの邪魔にならないように静かに礼拝堂を後にした。

こういうところにいると、自分がそれほど熱心ではないにしろ仏教徒だということ、そしてこのバジリカの中では異端者ということを強く感じて「異教徒なのにこんなところにまで押しかけちゃってすみません」って気持ちになってしまうのはなぜ?


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ルシアと歴代ローマ教皇のみが知っていて、マリアが3人の子供たちに告げてから80年以上を経て公開された予言の内容とは

ローマ教皇が狙撃される」という内容だったらしい。

実際の予言の内容は言葉ではなく「画像」で、「白装束の聖職者が

十字架に向かう歩みの途中で銃弾に倒れ、死んだように見えた
というもので、それが1981年5月13日バチカン市国のサンピエトロ広場でトルコ人に狙撃され、当時の教皇で(私が大好きな)ヨハネ・パウロ二世が瀕死の重傷を負った事件の暗示だった、という解釈になったらしい。

狙撃され、重傷を負ったものの奇跡的に健康を取り戻したヨハネ・パウロ二世は聖母マリアのご加護のおかげで助かったということで、翌年5月13日、ファティマにあるバジリカにお礼参りをされたらしい。

後日譚ですが、予言のいわく因縁はそれだけではなく。
2005年2月13日(!)、ポルトガルのコインブラという街の修道院で修道女としてひっそりと暮らしていた3人の子供の生き残りだったルシアが亡くなり、同年4月、マリアの予言の公開を決定し、自らも予言の体現者となったヨハネ・パウロ二世も亡くなったのでした。。。

これだけ説明してもらって、しかもヨハネ・パウロ二世もいらしたバジリカがあると知った上でファティマを素通りするなんてできるわけがない。

これは絶対に行かねばっ!!


早速バターリャのバス停に行き、オラリオ(時刻表)を確認。バスの運転手さんにファティマ?」と尋ねると、スィン!(YES)と心強い返事。運転席のすぐ後ろの席に腰掛け、またしても高原をひた走るバスに揺られる身になった。


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