親切なセニョーラ(おばさん)とアベルに見送ってもらいながらバスに乗り、高原を走り抜けたり小さな町や村のバス停に止まったり。40分くらい走った頃に今日の1つ目の目的地、
バターリャに到着。
バターリャ(戦い)という勇ましい町の名前の由来は、1385年8月14日、
ポルトガル王国の王位を狙って攻め入った
スペイン軍を、当時の
ポルトガル王 ジョアン1世率いる
ポルトガル軍が打ち破り、独立を守ったという歴史に残る戦い、とのこと。
イスラム教徒とのレコンキスタだけではなく、お隣の国からの侵略にも抵抗しないと独立が守れなかったポルトガルの哀しみ・・・。そしてジョアン1世はその戦いの勝利を聖母マリアに感謝する為に、1388年にこの町に大きな修道院を建て始めた。その修道院が現在
バターリャの観光の目玉になっている、その名も
「勝利の聖母マリア修道院」!
通称「
バターリャ修道院」、観光の目玉(というよりもこの修道院以外に見るものは何もない)というには
おどろくくらいに
教会の内部は簡素に作られている。
大きな修道院なので、中庭は広々としていて、それを取り囲む形の回廊もひっそりと人影がなく、落ち着くといえば落ち着くけれど、
うら寂しいというかなんというか・・・。先日ナザレのシティオ地区で団体観光客にもみくちゃにされた時は
「人が多すぎる!」とぶーぶー文句を言う一方で、あまりに人がいないと「うら寂しい」とは。
我ながらワガママな観光客であることよ。修道院の中を、足の向くままに歩いていくと、豪華な塀に囲まれた円形の広場↓

に行き当たった。
塀のくせに窓もたくさんきってあるし、やたらと手が込んでいるなあ・・・と思ったので、修道院のすぐ近くにある観光案内所の職員さんに
「あの広場は何に使うの?」と質問してみた。
実はあの円形の広場は
未完の礼拝堂で、修道院の建立を決めたジョアン1世の息子、ドゥアルテ1世が建設を始め、
その後100年間くらい建設が続いたのに、ついに未完のまま、現在に至ると。
青天井の礼拝堂なんて。。。聖母マリアもビックリだろうな。
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