気ままに暮らす旅好き・離島好き・変身写真好きなはてるまの身辺雑記です。
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残念ながらBar(カフェ風の飲食店)のセニョール(おじさん)のポルトガル語の説明で分かったのは、バターリャから1時間くらいで行けるファティマ」という町には、私の大好きなヨハネ・パウロ二世に関係した奇跡のエピソードがあるらしい。。。

私があまりにも熱心に「Papa」(ローマ教皇)という言葉にくいついたせいか、Barのセニョールは「少し待ってて!」という言葉を残し、どこかからポルトガル語とスペイン語が話せるセニョールを連れてきてくれた。

そのセニョールがところどころスペイン語に訳してくれた説明によると・・・

1917年5月13日、ファティマ村の丘の上で羊の番をしていた9歳のフランシスコと7歳のジャシンダ兄妹、そしてふたりのイトコで10歳のルシアの前に、突然聖母マリアが降臨し、

「今後5ヶ月間、毎月13日の同じ時刻にこの場所に現れる」ということを告げて去った。翌月の13日、ファティマ村の大人たちは3人の子供と一緒にその場所に集まったがマリア様の姿は見えず・・・けれど3人の子供たちだけにはマリアの姿が見え、声も聞こえた。

ここで「マリア様の姿を見たなんて、

この子たちったらウソついて!!
と思わないのが真のキリスト者たち。マリアが現れると告げた最後の日、10月13日には奇跡をひと目見ようと、近隣から7万人もの人が集まってきた。けれどもいつものように3人の子供たち以外の人の目にはマリアの姿は見えずじまい。けれど銀色に輝く太陽のようなものが現れ、今回もマリアは3人の子供たちだけに予言を告げた。

第一次世界大戦の終結、死者の国への訪問等の予言通り、戦争は終結し、フランシスコとジャコンダ兄妹も亡くなった。。。

三つ目の予言は生き残ったルシアとローマ教皇のみが知っているとされていて、1917年当時から数えて歴代5人の教皇はその内容をひたかくしにしていたけれど、ついに2000年、予言の内容が明らかにされた。


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「勝利の聖母マリア修道院」を見学すると、本当に何もすることがない。。。

特に困ったことがあるわけでもないけれど、ナザレのバスターミナルで出会ったセニョーラ(おばさん)が『息子がBar(カフェ風の飲食店)をしている』と言い、お店の名前・住所・息子さんの名前を書いてくれたことを思い出したので、訪ねていけば

ガラオン(ミルクコーヒー)の1杯くらいごちそうしてもらえるかも
、とセコい計算をしながらBarに行ってみた。

目的のBarにはお客が一人いたけれど、私と入れ違いに出て行ってしまったのでチャンス!と思い、カウンターの中にいたセニョール(おじさん)に、セニョーラが書いてくれたメモを見せて「バスターミナルで会ったセニョーラが、

『息子がバターリャでBarをしているから行ってみなさい』と言いました」と説明すると、
「母は昨日から出かけているけど?」とちょっと疑いの目で見られてしまった。

「セニョーラと出会ったのはナザレのバスターミナルなんです。」と慌てて追加の説明をすると、「ナザレで会ったの?それなら間違いないかな?」と、私とメモの字を見比べてにっこり笑ってくれた。
言葉一つ足りないくらいで、危うく不審者扱いされるところだった。。。

疑いが晴れると、親切なセニョーラの息子さんにふさわしくこれまた親切(そう)なセニョールは、予想通りに「まあまあ1杯」という感じでビッカ(エスプレッソ)を1杯ごちそうしてくれた上に、バターリャから日帰りできる町をいくつか教えてくれた。

でもこれから行く町はマリアが決めてくれたし・・立派な修道院なら今見てきたところだし。。。と、あまり集中せずに聞いていた時、Barのセニョールが

「Papa」がどうのこうの、と言ったような気が。

Papa好きを自認する私ヨハネ・パウロ二世限定だけど。ヨハネ・パウロ二世に会いたいが為に

ローマ滞在を2週間伸ばし、その名を冠したヨハネ・パウロ二世美術館を探して

ワルシャワを半日歩きまわった事がある)
としては聞き逃せるはずがない。
バターリャの近くに、Papaに関係がある町があるの?!といきなり話題にくいついてしまった。


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親切なセニョーラ(おばさん)とアベルに見送ってもらいながらバスに乗り、高原を走り抜けたり小さな町や村のバス停に止まったり。40分くらい走った頃に今日の1つ目の目的地、バターリャに到着。

バターリャ(戦い)という勇ましい町の名前の由来は、1385年8月14日、ポルトガル王国の王位を狙って攻め入ったスペイン軍を、当時のポルトガル王 ジョアン1世率いるポルトガル軍が打ち破り、独立を守ったという歴史に残る戦い、とのこと。
イスラム教徒とのレコンキスタだけではなく、お隣の国からの侵略にも抵抗しないと独立が守れなかったポルトガルの哀しみ・・・。

そしてジョアン1世はその戦いの勝利を聖母マリアに感謝する為に、1388年にこの町に大きな修道院を建て始めた。その修道院が現在バターリャの観光の目玉になっている、その名も「勝利の聖母マリア修道院」

通称「バターリャ修道院」、観光の目玉(というよりもこの修道院以外に見るものは何もない)というには

おどろくくらいに教会の内部は簡素に作られている

大きな修道院なので、中庭は広々としていて、それを取り囲む形の回廊もひっそりと人影がなく、落ち着くといえば落ち着くけれど、うら寂しいというかなんというか・・・。

先日ナザレのシティオ地区で団体観光客にもみくちゃにされた時は「人が多すぎる!」とぶーぶー文句を言う一方で、あまりに人がいないと「うら寂しい」とは。

我ながらワガママな観光客であることよ

修道院の中を、足の向くままに歩いていくと、豪華な塀に囲まれた円形の広場↓
バターリャ

に行き当たった。

塀のくせに窓もたくさんきってあるし、やたらと手が込んでいるなあ・・・と思ったので、修道院のすぐ近くにある観光案内所の職員さんに「あの広場は何に使うの?」と質問してみた。

実はあの円形の広場は未完の礼拝堂で、修道院の建立を決めたジョアン1世の息子、ドゥアルテ1世が建設を始め、その後100年間くらい建設が続いたのに、ついに未完のまま、現在に至ると。
青天井の礼拝堂なんて。。。聖母マリアもビックリだろうな。


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翌朝。
スネの傷がなければ大西洋で泳ぎたいけど・・・でも傷はまだ癒えてないし、今日は何しようかな?と思っていると、最近当然のように朝のコーヒーをご馳走してくれるアベルに「今日はどこに行くんだい?」と聞かれた。

行きたかったオビドスには行ったし、今日の予定はまだ決まってないの・・・と答えると、

マリアが「私に任せて!」とばかりに、日帰り遠足用にプランを練り上げてくれた。

バスのオラリオ(時刻表)や、観光案内所にあるようなパンフレットを参考にして出来上がったスケジュールによると、12:55ナザレ発のバスに乗れば充分日帰り観光ができる!ということなので午前中は特に何もすることがなく。。。

ナザレ駅に客引きのお仕事に出かけるマリアとアベルを

「いってらっしゃい!頑張って!!と見送ったあと、(お宿の一従業員化しているような?)行きつけ&顔なじみになったメルカド(市場)のセニョーラ(おばさん)たちに挨拶がてらお弁当用のパンと果物、飲み物を買いに行く。

セニョーラたちと今日もいいお天気ですね!などとにこやかに挨拶を交わして買い物をすませてお宿に戻るとマリアもアベルも帰宅していた。

「今日はノー ツーリスト」と、2人とも心持ちガッカリした表情客商売の大変さを感じつつ、時間も頃合いなのでバスターミナルに向かう。
たった今マリアと一緒にナザレ駅から戻ってきたばかりなのに、優しいアベルは今度は私を車に乗せてナザレのバスターミナルまで連れて行ってくれた。

バスターミナルには『カナダに移住して21年』というセニョーラ(おばさん)がいて、私が今から行こうとしている町にはセニョーラの息子がBar(カフェのような立ち飲み屋さんのようなお店)をしているから、何か困った事があれば行きなさい、とお店の名前と住所、息子さんの名前を私のメモに書いてくれた。

リスボンで出会った面倒見のいいご夫婦もオンタリオに移住したって言ってたし、ポルトガルからカナダに移住する人にはいい人が多いのだろうか。。。


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帰宅するとお宿にはマリアがいたので
オビドスとカルダス・ダ・ライーニャに行ってきた!二つともいい町!」と報告すると、「たくさん歩いて足は痛くない?」と、町の様子より私の足の具合が気になるみたい・・・やはり先日マリアが貸してくれた消毒薬もどきはかなり危険なものだったのかなあと思いつつ、北斗七星を真上に見上げながらの散歩に出かけた。

大西洋に沈む夕日は見逃したけれど、夜空もとってもキレイなので星に見とれて歩いていた。お宿の近くまで戻ると、建物の外にいたマリアが大きな声で私の名前を呼びながら近づいてきた。

何事???と思いながらお宿に戻ると、今まで売り切れ続きで食べるチャンスがなかったサルディーニャス・アサーダス(いわしの炭火焼)テーブルに山盛り詰まれていた!!

私が「レストランでいつも食べられない」と言っていたのを覚えててくれたんだ。。。

アベルは既に席についていて、「3人で一緒に食べよう!早く席に着きなさい」と、ニコニコしながら促してくれた。
たくさんの鰯を前に驚いている私を見て、マリアは「あら!食事を済ませてきたの?1匹も食べられない?」と心配そうに聞いてくれた。

食事はとっていないけれど、驚いて胸がいっぱいになってしまって・・・という言葉が出ないので「食事はしていないです」とだけ答えて、席に着いた。
結構長い時間散歩をしていたせいで、鰯は少し冷めてしまっている。ということはマリアもアベルもフラリと出て行った私が戻ってくるまで、

食事を始めずに待っていてくれたんだ。
なんて優しいご夫婦!
このお宿に25連泊した人は、多分ナザレの町と同じくらいにこのお宿のことも気に入ったんだろうな。

マリアとアベルの気持ちがたくさんこもった鰯たちは、少し冷めてしまっていたけれどもちろんとってもおいしかった。



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バスを降りる前に運転手さんに観光案内所の場所を尋ねると、バスターミナルからまっすぐ100mくらい歩いたところある観光案内所を教えてくれた。

そこにいた職員さんが言うには、この町の売りは「鉱泉病院」らしい。。。

極東の,いたるところに温泉が湧いている国から、はるばるやってきたのは鉱泉病院が観光の目玉になっている町とは。

なぜか不毛な気気持ちになるのは私だけだろうか。

病院なんて見学させてもらえるわけないだろうなあ
、と思いつつ、まあ念の為にと思って聞いてみたけれど予想通り「病院は見学できません」とのこと。

病院以外の見どころは、バスターミナルから伸びる商店街や、朝市のたつレプブリカ広場、陶器博物館などなど。それに病院自体は見学できないけれど、鉱泉病院の裏手には「病院博物館」なるものもあるらしい。

病院の博物館って。なんとなくイメージは理科実験室。全身に静脈と動脈がはしっていて内臓が取り外しできる模型を思い出しつつ、観光案内所の職員さんにお礼を言ってとりあえずレプブリカ広場に向かって進んでみた。

朝市と言いつつ、既にお昼も過ぎているのに何件かのお店はまだ出店していて、日除けのパラソルの下には観光客向けのお土産があったり、地元の人向きの野菜や果物を売っていたり。
屋外のメルカド(市場)って開放感があるなあ。雨が降ったら大変そうだけど。

陶器博物館はお安い入場料にも関わらず、庭園も見事でとっても見ごたえがある。オビドスのサンタ・マリア教会で圧倒されたほどではないけれど、ここにもアズレージョが飾られている。絵画を屋外に飾るなんて恐ろしくてできないけれど、タイルに描かれた絵なら雨風を気にせずにどこにでも飾れる。便利なものだなあ。

キャベツをモチーフにしたユニークな陶器→ボルダロ
の代名詞、ボルダロ・ピニィエロの陶器を集めた部屋もあり庭園とはまた違った面白さもある。他に誰も見学している人がいなくてこころゆくまでじっくりのんびり見学できた。

意外と楽しいぞ、カルダス・ダ・ライーニャ


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いい対応をしてもらえたので気分よくポザーダ・ダ・カステロを後にした。
ポザーダのフロントのセニョールに「ここからなら城壁に登れます」と教えてもらった階段を上り、ぐるりと取り巻く城壁の上から、オドビスの町を見下ろした。

シントラのペーナ宮殿を髣髴とさせる、緑の海に囲まれた

オビドスの町の絵画的なこと

城壁の上をしばらく散歩して「谷間の真珠」と謳われるこの小さな町をつくづくと眺めてから、メインストリートの「左通り」を通らずに、白い壁の建物の間の路地を足の向くままに歩いてみた。

道に迷ったかな?と思ってもすぐに城壁に行き着くので迷う心配が全くない。方向音痴の私でも迷子になる心配をせずに歩ける快適なオビドスをぐるぐる歩きまわったけれど、帰りのバスの時間まではまだまだ余裕がある。だってオビドスってほんとに小さな町だし(観光案内所の職員さんの話では、城壁を一周しても2km弱しかないらしい)。

食事をしたばかりだけど、どこかでお茶でもしようかな?と思いつつ、バス停あたりに戻る。再び観光案内所に行き、ナザレに帰るまでにまだ時間があるので、オビドスの近くに見どころがあれば教えて下さい、と言うと、
オビドスに泊まるのでなければ、カルダス・ダ・ライーニャにいってみれば?そこからナザレまでは直通バスで帰れるから、一旦ここにもどってくる必要もないわよ!と教えてくれた。

おおそれは好都合
バス停に戻りオラリオ(時刻表)を確認すると、ちょうどいいタイミングでカルダス・ダ・ライーニャへ向かうバスが出るところだったので急いで乗り込み、どんなところかな?と思っていると、あっという間にカルダス・ダ・ライーニャに到着。

・・・10分もかかってないんじゃないの?これなら徒歩でも移動できたかも。
ナザレの駅からお宿までくらいの距離よりも近いかも。


移動距離も短いし、この町もオビドスみたいにこじんまりしているんだろう、と思いきやバスターミナルと町の中心地は離れていて、なんとなく大きな町の雰囲気。
これはすぐに観光案内所を探さねば。アテなく歩くのはちと大変そう。。


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アズレージョに圧倒されたサンタ・マリア教会を出て更に少し先へ進むと、古城を改造したホテル、ポザーダ・ド・カステロに行き着いた。
ポザーダってスペインのパラドール(修道院などを改装した国営ホテル)みたいなものでしょ、じゃあ宿泊客じゃなくても見学させてもらえるかも!!と、ダメ元でフロントのセニョール(おじさん)に見学させてください、とお願いしてみた。

セニョールは少し考えて、スペイン語で丁寧に(セニョールのスペイン語を聞いて、初めて自分がスペイン語で『ここの宿泊客じゃないけど

見学させてください』と言った事を知る。ポルトガル語だとつっかえつっかえじゃないと話せないのに、なんだか言葉が流暢に口から出てくるなあ、とは思ったんだ
「客室以外は見学して頂いて構いませんよ。レストランもありますので、お食事もとって頂けます」と答えてくれた。

レストランかあ。女性一人でも大丈夫?
こじんまりしたポザーダだし、

ドレスコードもなさそう。せっかくだからお店の雰囲気だけでも見てこようかな。


レストランはさすが元お城のお宿!と思うくらい、インテリアの格調も高く、真っ白なテーブルクロスが眩しいくらい。

メニューはお店の外にはなく、値段の心配はあるものの、「めちゃくちゃ高そうだったら飲み物だけ注文して尻尾巻いて帰ろう」と心を決めてレストランに入った。

ちなみにレストランの名前もホテルの名前と同じ、ポザーダ・ド・カステロ。リッツ・カールトン大阪」の中に「リッツ・カールトン大阪」って名前のレストランがあるのと同じことだと思うとなんとなくおかしい。

フロントのセニョール同様、レストランのセニョールも親切で、節約旅行者にしか見えない(しかも女一人の)お客なのに軽んじる風もなく丁寧に席に案内してくれたり、お料理の説明をしてくれたり。

このポザーダも「お金持ちになったら泊まるところリスト」に追加しておかなくては!


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オビドスのメインストリート(町の中には主な道が2本あり、町の入り口のポルタ・ダ・ヴィラから向かって左側に伸びているディレイタ(!)通りをブラブラ歩く。
一面が白い壁に見えていた建物の、一部分だけが青色や黄色にペインティングされているのを発見したり、陶器をたくさん売っているお土産物屋さんをのぞいたり。

お土産物屋さんもレストランも、ナザレ以上に観光客ズレしていなくてお店に入っても声をかけられるのは挨拶くらいで、その後は放っておいてくれるので自分のペースで色々と物色できるのが気楽で嬉しい。

こんなに小さな町だし、

観光収入は大事だろうにがっついた雰囲気が全くないなんて素晴らしい!リスボンからナザレへの列車で乗りあわせたアーミーたち、いいところを教えてくれてほんとにありがとう。

「左通り」をまっすぐ歩くと、その昔罪人をカゴに入れて吊り下げていた、ペロニーニョという罪人のさらし柱が立っている広場に出る。さらし柱の隣には、オビドス観光のメインになるサンタ・マリア教会。拝観料は無料節約旅行者には嬉しい観光名所。

1444年に10歳の幼い王様が8歳の従妹と結婚式を挙げたという、ちょっと驚くくらいの幼年婚の歴史をもつこのサンタ・マリア教会。
教会内部の壁は
なんと全面が白地に藍の装飾タイル→ceramica_1975_4902102.gif
アズレージョで覆われている。


ポルトガルではいたるところで見かける絵つきのタイルだけれど、壁どころか天井までもびっしり埋め尽くす、この教会のアズレージョはただただ「圧巻」のひとこと。

どのくらいの時間、天井を見上げていただろう?教会で時間が経つのを忘れた事って、ずいぶん久しぶりのような気がする。
ポルトガルに来てから海や山、自然を見て感動することが多かったけれど、こういう文化的なものもまた素晴らしいのだなあ。


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翌日。
列車の駅からナザレのお宿まで、タクシーに乗るくらいの結構な距離があったことを思い出し、バスターミナルもお宿からあんなに遠かったらいやだな〜と思いつつ、マリアに場所を教えてもらう。

実はバスターミナルはナザレに来た初日にお菓子屋さんの目の前で「何か甘いものはありますか?」と質問して、タダでお菓子を頂いたという嬉しいエピソードのあるメルカドのお向かいにあり、バスの発車を待つ間に気前のいいセニョーラ(おばさん)たちに挨拶がてら、バスの中で食べる用のお菓子を買った。

バスはマリアの言ったとおり、走り出して1時間くらいで、城壁に囲まれた小さな町、オビドスovidos.jpg
まで連れてきてくれた。

城壁に囲まれた「町」、というよりもアンダルシアでよく見た「白い村」の雰囲気。建物の壁は白、屋根は赤茶色で統一されていて、家々の白い壁が色鮮やかなお花で飾られているところも白い村によく似ている。

バス停の近くに観光案内所があったのでオビドスの見どころを教えてもらう。もちろん無料の地図も頂く。1時間もあれば城壁沿いにぐるりと歩いて回れそうな

こじんまりとしたこの町は「谷間の真珠」と呼ばれているらしい。
この白い壁、まさに「真珠」の名にふさわしい。。。

町の入り口はオビドスの城壁のメインゲートになっている、ポルタ・ダ・ヴィラ。ジグザグの二重構造になっているのは、この町の始まりが外敵の侵入を防ぐ為に建てられた城壁だったから、らしい。

外敵に城壁・・・異民族の侵入を防ぐ為に築かれた壁。久しぶりに「レコンキスタ」という言葉を思い出した。


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ナザレは田舎で空気が澄んでいるので夜空もとってもキレイ!と喜びながら、頭の真上に見える北斗七星を眺めつつお宿に戻る。

ビーチのあるプライア地区まで階段を下りていくのが大儀なので、今晩は買い置きのお豆の缶詰でも食べる事にしよう、と思っていると、アベルが「マリアに聞いたよ!今日は大変だったんだね」と声をかけてくれた。
うん、海で溺れそうになって大変だった!!と答えようとしていると、相変わらず心配顔のマリアもやって来た。

「足の傷は痛くない?!」と昼寝の後と同じくらい心配そうに聞くので、

足は痛くない。夕日がとてもキレイだった!!」と報告すると、マリアもやっと安心した顔になり、嬉しい事に「私たちは今から食事なの。あなたも一緒にいかが?」と誘ってくれた。

断る理由なんてないので大喜びでご相伴にあずかることに。お昼に頂いたソーパ・デ・レグーメス(ポテトのポタージュに野菜がたくさん入ったスープ)にバカリャウ・コジード(干しダラをゆでたもの。つけあわせのゆで野菜も美味!)をおいしく頂いた。

食後も(語学力不足につきあまり入り組んだ会話は成り立たないけれども)それなりに楽しく談笑していると、マリアに「明日も海で泳ぐの?」と聞かれたのでさすがに明日は・・・と思い、「日帰りで観光できるところがあれば教えて下さい」答えようとしたその時。

リスボンからナザレに移動するのどかな列車の旅で、乗り合わせたアーミーたちが

「ぜひ行くべきだ!」と教えてくれた町の名前を思い出した。

「明日は海に行かない。オビドスに行きます」と答えると、マリアもアベルも「一人で海で泳ぐなんて危険だからオビドスに行きなさい行きなさい」と大賛成。

オビドスってナザレから近い?リスボンからナザレに来る時に『オビドスに行きなさい』って言われただけで、場所が分からないんです」というと、ナザレからなら1日に何本もバスが出ているし、1時間くらいで着くから日帰りでも楽しめる、と教えてくれた。

よーし、明日は久しぶりに遠足だ!


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昼寝から目覚めて思わずマリアに「ボン ディーア(おはよう)」と挨拶をすると、マリアは「もう夜よ!」と言う前に

「足は大丈夫?!!」と真顔で聞いてきた。
・・・こんなに気にしていたとは。やっぱりあの消毒薬もどきの中身が気になるなあ。

ちょうど夕日が大西洋に沈むのを見られそうな時間に目が覚めた(でももうさすがにあの延々と続く階段をビーチまで下りる体力はなかった)ので、心配顔のマリアに「夕日が沈むのを見てくるね!」と言うと、お宿のあるペデルネイラ地区唯一の展望台、ミゼリコルディア展望台まで連れて行ってくれた。

ペデルネイラ地区はナザレのビーチと比べるとかなり高い位置にあるので、昨日のように潮風を全身に受けながら、という具合にはいかないけれど潮の香りに包まれて、しばらく太陽の眩しさに目を細めていた。

淡いブルーの空を、雲がビュービューと流れていく。その雲が淡いブルーによく似合う淡いピンク。
まだ太陽は眩しすぎて直視できないので、しばらく雲の動きを眺めていた。なんとなく光が弱くなった気がしたので太陽の方を見ると、海面まで2cmくらいの位置にまで沈んだ太陽の輪郭がぼやけてきた・・・と思った途端、急に太陽の光の威力が落ちて、今まで目を刺すような明るい光だったものが、

柔らかな暖色の空気の塊みたいになった。


今日は水平線にへんてこりんな靄も霞もかかっていないし、

絶対に大西洋に沈む夕日が見られるはず!!
とワクワクして待っていた。
ぼやっとした太陽の輪郭の、下の方が少し欠けたかな?と思って息を詰めて見ていることしばし。夕日は、本当にあっという間に大西洋に沈んでしまった。あっけないくらいにあっという間に。。。

夕日ってに似ている。直前までカッと輝いていいるのに、いざその時になるとスッと沈む潔さよ。

花は桜木人は武士 夕日見るならポルトガル。


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