グアダルーペは、
ローマ帝国に
イベリア半島が支配されていた西暦 27年
(西暦が二桁とは・・・どれだけ昔??)頃〜507年まで、ローマ人によって、ローマへの玄関口だったアンダルシア地方のセビーリャから
スペイン北部への主要軍用道路、そして
スペイン北部で採掘された金・銀や、
スペイン産ワイン・農産物をローマへ運ぶために造られた
「銀の道」と呼ばれる街道沿いにある。
(その後もこの土地に住むキリスト教徒が北部
スペインにあるキリスト教の聖地
サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路として利用し、今でも巡礼のルート
(しかもかなり過酷な)として活用されているそうです)
周りに1本も川が流れていないというのはすごいことだなあ、窓の外の景色、空気までなんだか砂っぽい感じがする。バスの中から見てもひりつくような太陽の光を感じながらバスに揺られて4時間強が経過した頃、エストレマドゥーラ地方の
グアダルーペの町に到着した。
グアダルーペの町の人口は2,700人。町というより村、というほうが相応しいような風情。「エストレマドゥーラ」という地名は(
スペイン北部を流れポルトガルに入りポルトから大西洋にそそぐ川である)
「ドゥエロ川の彼方」という意味。
ローマ帝国の支配後は他の
スペインの地域と同じくイスラム教徒に征服され、
国土回復運動(レコンキスタ)で戦うキリスト教徒たちにとって、
戦線を「ドゥエロ川の彼方」に押し戻す事は長年の悲願であり
、レコンキスタの最終段階でイスラム教徒たちと最も勇敢に戦ったのもエストレマドゥーラ人だったらしい。
勇敢な戦士たちを輩出したこの土地からは、
レコンキスタ完了後も血の気の多い人たちがたくさんいたらしく、征服される者から「
征服する者たち(コンキスタドーレス)」となり、新大陸(
この言葉を使うたびに元々あった大陸に対して「自分たちがその存在を知らなかったってだけで『新』大陸よばわりはないだろう」という気持ちは否めないが、他の言い方を知らないので仕方なく使用・・・)へ向かう冒険野郎が続出。
メキシコやペルーを征服したコンキスタドーレスもこのエストレマドゥーラ出身で、
その冒険野郎たちが心の支え、信仰のよりどころとしたのが、ここグアダルーペにまつられている守護聖母。で、いつしかこの守護聖母は
グアダルーペだけではなく、
「全スペイン語圏の守護聖母」として奉られることになったとのこと。
「全スペイン語圏」って!パッと思いつくだけでもスペイン・メキシコ・アルゼンチン・キューバ・・・その他何カ国もの国の守護聖母にお参りできる機会なんてそうはあるまい。
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