気ままに暮らす旅好き・離島好き・変身写真好きなはてるまの身辺雑記です。
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スペインのアランフェスを潤していたタホ川は、ここポルトガルでは「テージョ川」と名前を改め海かと見まごうほどに雄大な河口となっていた。

アランフェス
の町ではほんとに普通の、なんてことない川だったのに、

こんなに立派な川になって・・・よくぞここまで!と、
離れて暮らしていた子供が成長したのを目の当たりにした母親のような気持ちになった。(結婚もしていない・もちろん子供もいないのにこんな気持ちになる一因はポルトガルに来て以来

いたるところでセニョーラ(おばさん)扱いされているせいかもしれない・・・)


古い大砲がそのまま残っているサン・ジョルジェ城の城壁に腰掛けて、白い壁とレンガ色屋根の建物が美しいリスボン市街地の景色を楽しんだ後(絵心を刺激されたのはこの景色がチェコのチェスキークルムロフに似ているからだと思う)、海のように広々としたテージョ川の対岸に目を向ける。

長い長い吊り橋(全長2278m!)と、その先には巨大なキリスト像も見える。

このキリスト像はブラジルのリオ・デ・ジャネイロにあるものを真似て建てられたもの(植民地の方が先にこんなに立派な塔を建てたなんてちょっと意外)。あのキリスト像から見るリスボンの街もまた違った味わいがあるんだろうな。

絵を描いたり対岸を眺めたり、静かな公園でとことんくつろいだ頃、自分の目線とほとんど同じ高さにうっすらと下弦の月が姿を現したのを見つけた。

今私は月と一緒に、リスボンを見下ろしている。


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気合充分でフィゲイラ広場からCastelo de Sao Jorge(サン・ジョルジェ城)に向かったけれど・・・
地図では分からなかったこの街の起伏の多さにすっかりやられてしまった。。。

市街地の地図にも

等高線を書いておいてくれればいいのにっ


ハッキリした道は分からないけれど、まあなんとかなるさ、と思って歩いている私を待ち受けていたのは長い階段、細くて急な上り坂、そして延々と続くぬかるみの道。

首都の中心地にこんなぬかるみがある理由が分からん!!とスニーカーを泥まみれにしながら息を切らして歩いていると、工事現場のトラバハドール(労働者。ポルトガル語ではなんて言うのかな?)たちがいたので地図を見せてサン・ジェルジェ城のあたりを指差し、「ここからどれくらいかかりますか?」とスペイン語で尋ねると、

「NO Money!!」という答えが・・・。
どうやら私が「(お城の)入場料はいくらですか?」と聞いたと思われた模様。当たり前のことだけれど、誰にでもスペイン語が通じるわけでなはいのだなあ。。。

でも「Quanto」という言葉が「数」に対する疑問詞ってことは通じるみたい、ということは覚えておこうっと。
こうして地道にポルトガル語に親しんでいけば、そのうちスペイン語と同じくらいに理解できるようになるかも。頑張ろう!!

トラバハドールたちにオブリガーダ!とお礼を言い、しばらく坂道を登って、やっとサン・ジョルジェ城に着いた!と思ったら・・・
私が着いたところはお城の裏口?で、ここからお城本体には入れないみたい。正規の、というか正面の、というか、

とにかく「本当の」入り口を探すのに更に一汗かくくらいに歩いた後、ついに場内に入る事ができた!!

お城といっても華麗なる王室の部屋を見学する施設、というわけではなく、公園として開放されている道理で入場料無料なわけだ)。
大きな木がたくさんある広々とした高台からはリスボンの街が一望できる。

苦労してここまで登ってきた甲斐があった!!と嬉しくなるようなパノラマにしばし見とれて
ポルトガル

この感動を忘れまい!と思ってイラストまで描いちゃった。
こんな大作(?)を描いたのはプラハ以来かも。。。



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私がロシオ駅の駅員さんに私が不審がられた理由とは・・・

ポルトガルってキリスト教国及びラテン語圏なのに、他の同じような国(キリスト教国でラテン語圏、という意味)と違って(土曜日のsabado、日曜日のdomingoは別にして)月曜日から金曜日までの「呼び名」を

序数を使って表すらしい。

今まで旅をした国では、イタリアでもフランスでもスペインでも曜日・月・季節の呼称はなんとなく似ていて(例えば月曜日は「月」という単語からから派生していてイタリア語でlunedi、フランス語でlundi、スペイン語でlunes、)ひとつの国の言葉で曜日や月・季節の呼称を覚えてしまえば使いまわしができたのに、ポルトガル語では月曜日はsegunda-feira(第2番目の日)、火曜日はterca-feira(第3番目の日)という呼び方で、金曜日の「第5番目の日」までそれが続くらしい。

道理で6日以降のオラリオ(時刻表)が見当たらないわけだ。。。

ところ変われば品変わるのだ・・


などと思いながらロシオ駅を後にし、リスボンで一番賑やかなロシオ広場に面したお店、Bar(スペイン同様立ち飲み屋さんという雰囲気)を覗いてスペインと物価の比較などをしつつ、鳩だらけのフィゲイラ広場をスルーした。

せっかく「7つの丘の街」にいるんだし、市内を一望できるようないい場所はないかな?と思っていると、ここから直線距離にして500mもなかろう、と思われるところにあるお城を発見した。

無料の地図で場所と施設の名前を確認すると、「Castelo de Sao Jorge」というお城らしい。目測に誤りはなく、直線距離だとここから300m程度しか離れていない。

Barで『ボーラ』という、カスタードクリームを挟んだボリュームたっぷりの揚げドーナツも食べた事だし、

カロリー消費の為にあのお城まで歩いて行ってみよう


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なんとかお宿も決まったので、昨夜のトレンオテル(国際寝台列車)での寝不足を解消するべくしばしのお昼寝をした後、いまいち不親切な職員がいたレスタウラドーレス広場の観光案内所に再びおもむき、リスボンから日帰りで観光できそうな場所をいくつか教えてしてもらう。(安宿のこと以外に関しては、特に問題もなく色々教えてくれる職員さんだなあ。大手のホテルの回し者なのだろうか)

ついでにファド(ポルトガルの民族歌謡。日本の演歌、イタリアのカンツォーネのようなもの)が聴けるお店の予約もお願いしたのに、

「予約なんてしなくても入れる」の一点張り。

入れたとしてもへんちくりんな席(扉を入ってすぐのところとか、巨大な白人の真後ろとか)はイヤなの!と主張すると「そんなに予約したければご自分で!」と言わんばかりにCasa de Fado(ファドが聴けるお店。たいていレストランも併設)の電話番号らしきものをメモに書き、無料の地図に何箇所かマルをつけてくれた。

マルをつけるなら一緒に店名も書いてくれっつーの!!とまたしても気分を害しながら、エクスカーションのプランを立てるためのオラリオ(時刻表)を取りにロシオ駅に行ってみた。

リスボンにはターミナル駅が4つある。
「これが国際列車の発着駅?」と驚いたほど地味なサンタ・アポローニア駅、今向かっている旧市街の中心にあるロシオ駅、カイス・ド・ソドレ駅、バレイロ駅。バスターミナルも同じく4箇所あり、それぞれ結構離れている。

首都なのに駅から駅(もしくはバスターミナル)への移動がこんなに不便な国も珍しいのでは?

ロシオ駅でもらったオラリオを見ると、一番上の欄に「segunda」と書かれている。「2等車両」などを表す序数の2→当月2日のオラリオだと思ってしまい。。。

日替わりでオラリオが変わるの?マメな国だなあ。
2日から5日までのオラリオはあるけど、prima(序数の1→当月1日)と6日以降、月末までのオラリオはどこにあるの?私20日のオラリオが欲しいんだけど、


とロシオ駅の駅員さんに尋ねたら、ものすごーく妙なものを見る目で見られてしまった。。。


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3軒目の安宿も気に入らなかったので、ケーブルカーの線路をまたぎ、ゴミ収集車の排気ガスをモロに吸い込みながら左手にのびる通りも探してみたけれど「ペンサオン(安宿)」の看板すら見つからない。

リスボンにいる私以外の節約旅行者たちはいったいどこに泊まっているのだろう?と思いつつ、気温も高くなってきてタヌ夫さん(キャスターつきリュック)を引っ張りながらの宿探しが辛くなってきたので、結局1軒目のペンサオンに引き返すことにした。

こういうときタイミングが悪いと「ごめんなさい、他の人が泊まる事になって・・・」って断られたりするんだよね~、と思っていると、悪い予感は当たるもので受付のセニョールに

「ごめんなさいセニョーラ(あっまたセニョーラって言った!!)あの部屋は別の人が泊まる事になってしまいました」と、宿泊を断られてしまったのだった・・・。

マジ?!あーほんとにタイミングが悪いなあ。
エストレマドゥーラで宿探しに苦労しなかった分がここで一気に襲いかかってきた感じ。
参った。。。


仕方がないので急いで2軒目の安宿に再アタックしよう!とタヌ夫さんを引っ張って受付から離れようとすると、寝不足でやつれた顔をテカテカにしてあちこちの安宿を行ったり来たりしている私を気の毒に思ったのか、受付のセニョールは
「ツインの部屋が1室だけ空いているから、そこをシングルユースしてもいいよ」と言ってくれた。

やったあ!地獄に仏!と思ったけれど、

続けて「ただし1週間以上連泊してもらわないとダメだよ」と言われてしまった。。。

1週間は長すぎるけど最低4連泊するから!シングルの部屋が空いたら即そちらに移動するから!シャワーも使用時間内に使うから!としばらくネゴった結果、とりあえず4泊でツインルームをシングルユースできることになった。

ポルトガルについてからまだ何もしてないのに、すっごく疲れた。。。



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セニョーラ(おばさん)と呼ばれたショックをひきずりながら、まずは1軒目の安宿、ペンサオン(スペインのオスタル程度の安宿)を発見。

打ちひしがれつつも受付のインド人っぽいセニョール(おじさん)に「Hola!」と挨拶をして、スペイン語宿泊料金と延泊したら値引きがあるか、シャワーの時間は決まっているか等などお約束の質問をすると、

1泊約3,000円だけれども、3泊以上するなら2,500円に値引きする。シャワーの時間帯は一応決まっているけれど、静かに使うのであればシャワーって「静かに使える」ものだろうか?バスタブに浸かるわけじゃないんだし、どうしたって「じゃー!」って音はすると思うが・・・。出す水量をものすごく弱くしろ、ということかな?いつ使っても構わないとのこと。

1泊2,500円ねえ。。。この地域の安宿の相場が分からないのでなんとも言えないなあ。
他の宿も見たい
、と言って受付を後にしようとすると、ここでもまた

「OK!チャウ!セニョーラ(おばさん)!」と言われてしまった。。。

2人も続けて私をセニョーラ扱いするとは。。。

ポルトガル
の男性ってほんとに失礼しちゃう!

見る目なさすぎ!!
と今回は打ちひしがれるというよりもプリプリしながら次の安宿にアタック。

こちらも1泊3,000円。1週間以上連泊するなら2,500円に値引きあり。
1週間か・・・微妙な日数だなあ。。。ということでここも保留。

そして3軒目。お部屋の雰囲気は窓も大きくて明るくて今まで見た中で一番よかったけれど、受付付近では観光客とも安宿の従業員とも出稼ぎ労働者とも判断のつかない男性が2人、ボーっと椅子に座っていた。

その人たちの目がものすごくうつろで、

とっても胡乱な感じが・・・
(節約旅行者なので今の私はたいしたものは持っていないけれど)

「盗難・窃盗」という文字がその人たちのおでこのあたりに点滅しているのが見えた気がして「何かあってからでは遅い!」と思ったので、このお宿は候補から外す事にした。

たかがお宿探しでこんなに時間を割く必要はないかもしれないけれど・・・
でも「人を見たら泥棒と思え」というほどではないにしろ、用心するに越した事はないよね。

なんと言ってもか弱い?婦女子の一人旅だし。



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安宿探しに便利な場所に着いたら教えてくれる(と私は理解した)と言ったケーブルカーの運転手さんは、私が空席に座ろうとすると

「ナオン!!ナオン!!」と慌てて引き止めた。
「ナオン」ってポルトガル語で「No」のことっぽいなあ。座っちゃダメってことかな?でも空席だらけなのに??と不審に思っていると、運転手さんはケーブルカーの線路の横にある急な歩道を指差して

一つ目の角を右に曲がると宿があるよ(多分)」と教えてくれた。

安宿までの距離が近いからわざわざケーブルカーに乗らなくてもいいってことなのね!!ありがとう運転手さん!!

オブリガーダ(ありがとう:この言葉は知っていたので早速使ってみた)!」とお礼を言いながらケーブルカーを降りようとすると、「De nada(どういたしまして)」と運転手さんはにっこり笑ってくれた。

わあ、「どういたしまして」もスペイン語と一緒なんだ!と嬉しくなってにっこりしながらバイバイする私に、運転手さんは

「チャウ(さよなら)!セニョーラ!」と衝撃の一言を投げかけた。。。

セセセニョーラ(おばさん)?!私まだそんなトシじゃないよ~!!!!

今まで実年齢より若く見られることはあっても老けて見られたことなんてなかったのに。。。ずっとずっとずっとミスとかシニョリーナとかマドモアゼルとかセニョリータって呼ばれてたのにっっ!!
セニョーラって呼ばれたセニョーラって呼ばれたセニョーラって言われた。。。
しかも子供からそう呼ばれるならまだしも、明らかに私より年上のセニョール(おじさん)に!!


ポルトガル語
でも「セニョーラ(おばさん)」はセニョーラなんだ!と喜ぶ余裕は全くなく

「私って実はそんなに老けて見えるのだろうか・・・

チーナって呼ばれるよりも100万倍ショックだわ・・・」
と打ちひしがれながら運転手のセニョールが教えてくれた通りに向かおうとしたものの、気力が萎えた上に久しぶりに引っ張るタヌ夫さん(キャスターつきリュック)はとっても重い。かつこの急坂な歩道と言ったら!!

弱り目にたたり目ってきっとこういう事ね・・・。

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お宿の当てもなくタヌ夫さん(キャスターつきリュック)を引っ張りつつ街の「上の方を目指す」のは大変なので、不親切な観光案内所の職員さんの助言に従って、丘のふもとのレスタウラドーレス広場から、バスに乗って丘のてっぺんにある「エドゥアルド7世公園」に向かうことにした。

が、このレスタウラドーレス広場のバス停というのが・・・どこがバス停なのか、というよりもバス停の場所は分かるけれどどの方面に向かうバスなのかということが全然分からなくて、回りにいる人に尋ねても
「エドゥアルド7世広場ならこのバスがいい」
「いやあちらのバス停から出るバスだ」
と意見がまちまち。

面倒になってきたのでバスは諦めて、線路を見るだけで「明らかに上の方に行く」と分かるケーブルカーに乗ることにした。

ケーブルカーの線路の横には歩行者用の坂道もあるけれど、これが結構な急勾配タヌ夫さんと一緒に停車中のケーブルカーに乗り込み、運転手さんに

「安い宿を探しているので、もし知っていたらどこで降りればいいか教えて」とダメ元で英語でお願いしてみると、

「スィン!」と言いつつ頷いてくれた。

「Si!」と「スィン!」、「Yes」の意味の言葉がスペイン語と似ている・・・もしかしたらイタリア語スペイン語くらいにはスペイン語ポルトガル語って似ているのかもしれないわ!と嬉しくなった。

Si!のポルトガル語は覚えたから、次は「No!」とか「por favor(英語のplease)」、「Quiero(英語のwantの原型)」、時間帯によって変わるであろう挨拶なんかのよく使うポルトガル語も覚えようっと。

英語に自信がない分、極力現地語を覚えようとする前向きな姿勢はこれからも大切にしたいと新しい国に行くたびに思う。
覚えた言葉を使ってどんどん現地の人たちと話すことって楽しいし、何よりすごく勉強になる。


そしてどこに行っても、どんな相手にも

『どうして英語が通じないんだよ!理解しろよ,

オマエ!』
と言わんばかりに英語だけで押し通す、強気の英語圏の旅人たち

(特にアメリカ人)には体験できない異文化交流を目指すのだ!


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デキる観光案内所の職員さんのアドバイスに従い、サンタ・アポローニア駅からレスタウラドーレス広場に向かう。
リスボン市内はさすがに首都だけあり、そこそこの活気は感じるものの、スペインと比べるとやはりなんとなくのどかな雰囲気が漂っている。

国境線を越えただけでこんなに国の違いが出るものなのかな。

レスタウラドーレス広場を見回しても観光案内所の場所は分からない・・・。近くにいたセニョーラ(ポルトガル語で『おばさん』ってどう言うのかな?)に、今回は英語で「観光案内所はどこですか?」と尋ねると、「フォス宮」という建物の中にある観光案内所まで案内してくれた。いいセニョーラだ。

サンタ・アポローニア駅の観光案内所の職員さんも、ここに案内してくれたセニョーラもいい人だったのに、フォス宮観光案内所の職員さんはあまり親切ではなく、「このあたりで1泊2,000円程度で泊まれる宿を教えて」というと、

「そんな値段で泊まれる宿なんてないわよ。もっと上の方に行けば?」と軽くいなされてしまった。。。

上の方(今いるレスタウラドーレス広場は『7つの丘の街』と言われるリスボンの丘のふもとにあたる)って簡単に言うけど、どの辺りまで行けばいいの?

ほんとに不親切な職員だなあ。。。


安宿リストももらえないみたいだし、仕方がないので宿は自分の足で探す事にして、リスボン近辺の見どころを教えてもらい、

職員のいう「上の方」に移動する事にした。

数日振りにタヌ夫さん(キャスターつきリュック)を引っ張りながらの宿探しなのに「上の方」に行かねばならないとは。。。タヌ夫さんの重さが恨めしい。。。


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量が少なめだったコンチネンタルブレックファーストもウェイターさんの粗相のおかげでボリュームアップし、お腹もいっぱいになったところでトレンオテルの部屋に戻る。

実際のところ、期待していたほど寝心地は良くなかったけれど・・・国境越えといえば、狭い空間の両側に3段ベッドの寝台列車、もしくは寝台列車すら運行していない路線で、

普通列車の2等車両で腰掛けたまま一晩過ごす、あるいは全く耳にした事もない国の言葉に吹きかえられた『Mr.ビーン』に笑い興じる異国人に囲まれた長距離バスの中、

不意に自分だけ下車させられて

パスポートコントロールを受けるという憂き目に遭う
、というような不安な一夜を過ごすことが多かった節約旅行者にとっては、今回は極上の豪勢な国境越え経験だった。アメニティグッズだらけのこの部屋から立ち去りがたい。。。

8:40到着の予定が少し遅れて9:00にリスボンのサンタ・アポローニア駅に到着。
えっこれが長距離列車(しかも国際線!)の発着駅?!と驚くほどにこじんまりとした駅舎とのんびりした雰囲気にまず驚いた。

お隣さん同士の国なのに、トレンオテルに乗り込んだマドリードアトーチャ駅と、下車するこのサンタ・アポローニア駅の活気の違いったら!首都にある大きな駅がこんなに穏やかで殺気立っていないなんて。

ほんとにヨーロッパの果てに来たんだなあ
、と改めて実感。

まずは情報収集のために駅舎内にある観光案内所に向かう。
いつものクセで「Hola!Hay mapa gratuito de esta ciudad(市内の無料の地図はありますか)?」スペイン語で聞いてしまったのに、観光案内所の職員さんは躊躇することなくスペイン語
「ええありますよ!どうぞ!」とにっこり笑って対応してくれた。
調子にのって「市内の便利な地域で1泊の予算2,000円程度の安宿に泊まりたい、宿泊施設のリストがあればそれもちょうだい」とお願いすると、安宿のリストは残念ながらここにはないので、市内の観光案内所に行ってみて、とのこと。。。

残念そうな顔をしていると、2ヶ国語、もしくはそれ以上の言語を自在に操れそうな職員さんはテキパキと

「この観光案内所なら無料のオテルリストがあるかもしれない」と教えてくれた。
こんなに鄙びた駅にもこんなにデキる職員さんがいるとは。ポルトガル→ポルトガル 004


侮れない!



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大喜びでトレンオテルのベッドで就寝したものの。。。もっとちゃんと、しっかり深く寝られるかと思ったのに、思いの外トレンオテルの走行はガタガタしたものだったので眠りは薄くて浅かった。

寝入りばなに「朝ゴハンって何かな~?」と考えたのがいけなかったのか、浅い眠りの中で
「スペインとポルトガルの時差が1時間だから・・・車掌さんが言ってた『7:00』ってスペイン時間?もしかしてポルトガル時間?ポルトガル時間だったらスペイン時間の6:00には食堂車に行かなきゃ・・

6:00の朝ゴハンって早いよ~・・・でも食いっぱぐれるくらいなら早起きできるよね私。。。」
とゴハンに関する疑問が続々と湧いてきて、寝てるんだか起きてるんだか分からない状態。

そして朝方。睡眠欲と食欲が勝負し、食欲が勝利したのでまずポルトガル時間の7:00(スペイン時間の6:00)に身支度を済ませて食堂車に行ってみると、

人気もないし火の気もない
しーんと静まり返った食堂車からすごすごと引き返し、二度寝をするには中途半端なので「ねじまき鳥クロニクル」ポルトガルの『歩き方』は持っていないのでポルトガルの観光については観光案内所におすがりする予定)をパラパラと読んで時間をつぶし、再度スペイン時間の7:00に食堂車に行ってみた。

するといつの間に乗客が集まっていたのか、食堂車の席は結構な混み具合。
車窓にはポルトガルで見る初めての朝日。ああ地の果てに近づいてるんだなあ・・・と思いつつ、(コンチネンタルブレックファーストだったので食べ足りない感はあったけれども)こんがり香ばしいトーストやグレープフルーツジュースを美味しく頂いたが、

満足にするにはほど遠いボリューム・・・

お部屋に戻って非常食のコーン缶でも食べようかしら、と思ったときに列車が線路の継ぎ目?にひっかかり、車両全体がトン!と揺れた。
すると、偶然私の近くでお給仕をしていたウェイターさんがグラつき、トレイの上に乗っかっていたグラスが倒れて私の肩の辺りにお水がかかってしまった。。。

パジャマ代わりのTシャツだから、お水で濡れるくらいは全然平気なのにウェイターさんはいたく恐縮し、私が何も言わないのに、大慌てで乾いたタオルを持ってきてくれたあと、
「本当にすみません」

謝りながらフルーツとコーヒーをサービスしてくれた。

ちょっと水がかかっただけなのに、気を遣ってくれてありがとう、ウェイターさん!!
おかげでお腹もいっぱいです。



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車掌さんが案内してくれた、トレンオテルの2人部屋に案内されてドアを開けた途端に大コーフンしてしまった。

トレンオテルすごい!!寝台車なのに普通に個室!!
バスでも列車でも今まで何度も国境越えは経験したけど、この寝台車はスゴイわっ!


チケットを買う時に、窓口のセニョール(おじさん)が「con ducha(シャワーつき)」って言ったような気がするけど、寝台車にシャワーなんて・・・多分聞き間違いだろう、と思って聞き流していた。が!

この部屋、ほんとにシャワーがついてる~!!
2人部屋だけれどタヌ夫さん(キャスターつきリュック)を置いてもお部屋のスペースはまだまだ余っていて、もう一人の乗客がかなり大きな荷物を置くとしても充分なくらいのスペースがある。

もちろん部屋の中には洗面台もあるし、サービスでミネラルウォーターまである!アメニティグッズもしっかりしていて、コップ・せっけん・歯ブラシと歯磨き粉のセット・(私には必要ないけど)剃刀にアフターシェーブローションらしきものが揃っている。

そしてシャワーや洗面台を使う時の為にやや小さめのバスタオルとハンドタオルも完備。わざわざタヌ夫さんの中身をぶちまけてタオルを取り出す手間も不要。

心憎いぜトレンオテル

大喜びでタオルやアメニティグッズをひっくりかえし、(残念ながらこれは室外にある)お手洗いを覗きに行き(これまたお手洗いも清潔で嬉しい。スロバキアからポーランドへ入る時の列車の色んなものがこびりついて

恐ろしいほど汚かったお手洗い

(というよりも床に開けられた穴)
と比べたら、ここの便器は顔も洗えそうなくらいにキレイ!


トレンオテルがマドリー(ド)から出てしばらく走った頃、食堂車に行ってみようと思って部屋を出ると、ちょうど車掌さんがいたので「このお部屋、他に誰か来ますか?」と聞いてみた。するとラッキーなことに、今晩この部屋には私以外には予約が入っていないとのこと!
うわあこの部屋を一人で使っていいの?贅沢~!!
マジメに旅をしていると時々こんなこともあるのね~
、と喜ぶ私に車掌さんは「朝食は食堂車で7:00からですよ、セニョリータ!」とウィンクつきで教えてくれた。

朝ゴハンまでついてるのっっ?!トレンオテルって最高!!


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トレンオテル(国際寝台特急車)の発車まではまだ少し時間があるので、売店でお水やボガディーリョ(サンドイッチ)を買い込み、極力安全そうな(歯の溶けかかったセニョール(おじさん)や異臭を放ちながらブツブツ独り言をつぶやきつつ胡乱な目で観光客をにらむセニョーラ(おばさん)が見当たらないところ、というレベル)場所にあるベンチに腰掛け、マドリードチャマルティン駅構内でマンウォッチング。

マドリー(ド)は暑い暑いとよく聞くけれど、バレンシアで感じたような、

肺が重くなるくらいにむ~~んとする湿気もなく、アランフェスグアダルーペで実感した、肌がつっぱるような空気の乾燥感もない。


駅の構内も想像していたよりもクリーン。ゴミも吸殻もさほど目に付かないし。
そのクリーンな駅舎には、ここを拠点としてヨーロッパ各地へ移動するのであろうバックパッカーの姿がよく目に付く。

改めてつくづくと観察すると、白人も黒人も、ものすごく容量が大きいバックパックを背負って苦もなくひょいひょいと歩いている。明らかに120Lサイズのバックパックを背負って涼しげな顔をして歩く女の子(それでまたこういう子たちって

体系はほっそりしていて顔は『もしやモデル?!』と思うくらいカワイイ子が多い
)が2L容量のペットボトルに口をつけて満タンに近いくらい入っているお水や炭酸飲料水をぐびぐび飲み干すのを見ていると、

外人の底力というか体力には空恐ろしいものすら感じる

お水はともかく炭酸飲料をあんなに大量にイッキしても「げぷっ」って逆流しないなんて・・・一体どんな胃と食道をもっているんだろう??毎晩毎晩お酒を飲む人たちだし、たかが炭酸くらいではビクともしない内臓になっているんだろうか・・・。

外人ウォッチングにも飽きた頃、そろそろトレンオテルの乗車時間になった。
さすがお高いチケットだけあり、お部屋までは車掌さんのセニョール(おじさん)が案内してくれるシステムになっている。

うーん、セレブ気分!


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荒涼としたエストレマドゥーラの小さな町々から首都マドリー(ド)に戻ると、首都の大きさと迫力が改めて迫ってきた。

「明日引き取りに来まーす」と言って手荷物預けに放置したままだったタヌ夫さん(キャスターつきリュック)を数日ぶりに引き取りに行く。

手荷物預けの窓口のセニョール(おじさん)に

「大事な荷物だろう?

ちゃんと約束した日に取りに来なくちゃダメだよ!」
とお小言を頂戴し、「遅くなって本当にごめんなさい」と謝った後で無事にタヌ夫さんとも再会。
久しぶりに引っ張るタヌ夫さんの重さが懐かしい。これからまたよろしくお願いします!

うう人が多い、駅もバスターミナルもでかすぎる!とブツブツ言いつつRENFE(スペイン国鉄)マドリードアトーチャ駅の南バスターミナルから、もうひとつのターミナル駅であるマドリードチャマルティン駅に移動する。

この二つの駅は地下を走る線路で行き来できる。タヌ夫さんを預けていたアトーチャ駅が既に、マドリー(ド)近郊線が発着するアトーチャ・セルカニアス駅とスペイン版新幹線の高速列車AVEや特急列車タルゴが発着するプエルタ・デ・アトーチャ駅の二つに分かれているという巨大さ。

一方の「マドリードチャマルティン駅」は、フランスやポルトガルからの国際列車の発着駅、と駅の使われ方もしっかりと分化されている。

そのチャマルティン駅で私が買ったのは。。。
TREN HOTELトレンオテル)」とよばれる国際特急寝台車のチケット!!もちろんかなり奮発しちゃった結果ですが・・・。

アランフェスを流れるテージョ川を見た時から「この川の行き着く先を見てみたい」と思っていたこと、そしてエストレマドゥーラの町で新大陸を目指したコンキスタドーレス(征服する者たち)にすっかり触発され、「私もっ!!」という気持ちになったのだった。

目指せ地の果て!


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翌日。
マドリー(ド)に戻るためだけに移動で1日を過ごすのもどうかと思い、トルヒーリョからバスで30分のところにあるこれまた小さな町、

エストレマドゥーラの宝石」とよばれるカセレスに行ってみた。「歩き方」によると、この町ほど中世の町並みを完全に残しているところは他にないらしい。

いかほどの町並みかと楽しみにしながらバスに乗っていると、あっという間にカセレスのバスターミナルに到着。4時間だとか2時間かかる移動が続いていたので、

30分なんてほんの一瞬のような気がする。。。


バスターミナルは町のセントロ(中心地)からは予想外に遠く、「歩き方」の指示や道行く人たちの指示に従いつつ、30分くらいテクテク歩いて、やっとセントロのマヨール広場に着いた。(最近どの町でもセントロには「マヨール広場」があるなあ
マヨール広場は新市街のセントロなので、完全な中世の町並みを見るために旧市街に移動。
歴史がにじみ出るような石造りの建物の間の細い路地を歩く。

ああ宮崎駿の世界


その角を曲がったところで不意にキキに出会っても不思議じゃない気分だなあ・・・と思いつつブラブラ歩いていると、(「全スペイン語圏」ほどのご威光はなさそうだけれど)カセレスやトルヒーリョなどがある

エストレマドゥーラ地方全体の守護聖人」聖ペテロ・デ・アルカンタの像を擁すサンタ・マリア教会に行き着いた。

ここ数日ですっかり自分も「コンキスタドーレス(征服する者たち)」の気分になっているので、サンタ・マリア教会の見張り(?)の塔の近くにある聖ペテロ・デ・アルカンタに(この方が旅の守護聖人かどうかは知らないけれど)しっかりとこれからの旅の安全を祈願した後、乾燥した空気の中をひーひー言いながらバスターミナルまで戻った。

グアダルーペトルヒーリョ、そしてカセレスを経てマドリー(ド)へ向かうバスの中、エストレマドゥーラの大地が夕暮れに染まるのを眺める頃には、次の行き先は既に決定していた


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トルヒーリョの町の高台にある「城」は、元々この地方を征圧していたイスラム教徒がキリスト教徒の攻撃に備えるために10世紀頃に建てたもの。

いかにイスラム建築とはいえ、城塞なのでアルハンブラ宮殿のような麗しいイスラム彫刻はのぞむべくもなく
・・・城門の馬蹄形のアーチを見て

「ああイスラム教徒が建てたものなんだなあ」と実感するくらいのもの。
でも何かしら心にひっかかるものがあるなあ、と旅の記憶をたどってみた。

馬蹄形馬蹄形。馬蹄形のアーチをもつ城壁・・・一番最初に見たのは、たしかポーランドクラクフアウシュビッツビルケナウの収容所跡の印象がものすごく強くて、あの時は特に感慨もなかったけれど、ポーランドからここまでの距離を考えると驚かずにはいられない。

ヨーロッパの南端から、

遥かに遠い東欧にまで勢力圏が広がっていたなんて!


イスラム帝国の勢力の届く範囲がいかに広大だったかということを実感しつつ、廃墟となった城から、トルヒーリョの町、そして地平線まで続く荒野をしばし見下ろしていた。

遠い昔、イスラム教徒から奪還した自分たちの国土をこの高台から見下ろし、

川の流れに乗るかのように更に西へ西へと進出し、ついにまだ見ぬ新大陸に向けて大西洋を渡ったコンキスタドーレス(征服するものたち)になった自分を心ゆくまで想像して楽しんだ
後、トルヒーリョの町に戻る。

この小さな町にもパラドール(スペイン国営ホテル)があり、しかも町のセントロ(中心地)からは徒歩5分という立地のよさらしい。
これはもちろん見学しに行かねばなりますまい!

石造りのアーチ(ここのアーチは馬蹄形ではない)を抜けると、1984年(意外と最近)まで現役の「サンタ・クララ修道院」として使われていた建物を転用したパラドール本体。
もともとトルヒーリョ自体が物静かで穏やかな町なのに、パラドールの中にある白壁のレストランは更に静かで、のんびり読書でもしたくなるような雰囲気。
トルヒーリョ

みるからに節約旅行者風で、しかも中途半端な時間に入店し、テーブルで何通も絵葉書を書いたり「歩き方」を読んだりして長居する私にもお店の人はすごく親切にしてくれた。
いいパラドールだなあ。

いつかお金持ちになったらきっと泊まりにこよう



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トルヒーリョのセントロ(町の中心地)、マヨール広場には、観光案内所・安宿・手ごろな値段のレストランに小休憩できそうなBar(立ち飲み屋さん)がコンパクトにまとまっていて、

旅人にはとっても便利でありがたい


早速観光案内所に入って安宿とこの町の見どころを教えてもらい、「グラシアス!」とお礼を言って観光案内所の職員さんオススメの安宿に向かう。

選択肢(お宿の数)自体が少ないのと、1軒目のオスタル(安宿)のセニョール(おじさん)が私が交渉する前に「今一人部屋が使えないので(親戚が来ている、とかなんとか言ってたような気がするけれど正確なところはよく分からない)

ツインの部屋をシングルユースしてもいいよ」と言ってくれたので、ゆったりしたお部屋で寝られるならまあいいか、と思ってその場で即決。

タヌ夫さん(キャスターつきリュック)
がいないからもう少し歩き回って決めてもいいんだけど・・・お宿探しに手を抜くようになりつつあるなあ。マドリー(ド)の手荷物預けに放置しっぱなしになってるけど「今晩引取りに来るはずだったこの荷物、誰も引き取りに来ないなあ」なんて思われて処分されたりしないかしら、タヌ夫さん
たいしたものは入っていないとはいえ、大事な旅のお供だしちょっと心配。


マヨール広場にはインカ帝国を征服した地元の英雄、フランシスコ・ピサロが馬に跨る、大きな騎馬像がある。

その像を見ながらサン・マルティン教会をチラ見させてもらい、愛想のいい町の人に混じって祭壇にお参り。教会のお向かいにはサン・カルロス公爵邸

(「公爵」の名に恥じないスゴイ豪邸)がドンとそびえている。公爵邸は現在修道女たちが生活しているらしいので、残念ながら見学は不可とのこと。

がっしりした塀の中で現世のしがらみと切り離されて静かな日々を過ごす修道女たちについて考えながら、トルヒーリョの町の更に高台の頂にある、「歩き方」には端的に
「城」と紹介されているところまで行ってみることにした。


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グアダルーペからマドリー(ド)へ戻る間にこれからの行き先を考えなきゃな~・・・マドリー(ド)で泊まろうかな、どうしようかな・・・

としばし考えたのち、せっかくここまで足を伸ばしたし、どうせマドリー(ド)に戻る途中にあるんだし立ち寄っちゃえ!という気持ちになったので、一旦マドリー(ド)まで買ったバスのチケットを無理を言って払い戻してもらい(でも係の人には全然イヤな顔をされなかった。グアダルーペの人はいい人だ。バレンシアノルド駅の窓口のセニョーラ(おばさん)とはえらい違い)、急遽グアダルーペからバスで2時間のところトルヒーリョという町に向かった。

バスは相変わらず荒涼としたエストレマドゥーラ(ドゥエロ川のかなた)の風景を見つつ、グアダルーペと同じように乾燥した空気の中を走るバスがくねくねした山道を越え、トルヒーリョに連れてきてくれた。インカ帝国を征服・滅亡させたフランシスコ・ピサロ、アマゾン川を探検したフランシスコ・デ・オレリャナを輩出したこの小さな町は、エストレマドゥーラの真ん中に位置する。
町の規模の割には意外としっかりした大きさのバスターミナルがあり、そこから町の中心までは10分程度の上り道。

ふふん、10分くらい余裕だわ!と思ったものの、上り坂が続くと少しキツイ。。。
やはりマドリー(ド)にタヌ夫さん(キャスターつきリュック)を置いてきたのは正解だったわ。

暑さに負けじと小高い山、というか丘の上にある町のセントロ(中心地)を目指して歩く。グアダルーペのような守護聖母のおわしますメジャーな修道院や教会がないせいか、観光客の数は極端に少ない。町に行き着くまでに何人かの地元の人とすれ違うと、みんなが「Hola!」「ブエノスディアス(こんにちは)!」と気軽に挨拶をしてくれる。

海賊もどきの「コンキスタドーレス(征服する者たち)」の出身地になった町だし、その人たちの子孫なんだから気性の荒々しい人が多いのかと思いきや、人あたりの良さそうな人が多そうな町だなあ。

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周りの人たちの涙と神聖な雰囲気に呑まれ、異教徒の私がここにいていいのかなあ、とちょっと肩身の狭い思いをしながらついにカマリンという小部屋に到着。ここは玉座の控えの間にあたり、やっとここでマリア像を拝む事ができる。マリア像は特にイベントなどがない時は玉座ではなく、この控えの間にいらっしゃるのだそう。

美々しいマントに身を包んだマリア像にお参りすることができた見学者たちは、マリア像のマントについた浮き彫りに次々とくちづけをしていく。
すすり泣きながらくちづけをしている人も何人もいる・・・。
ああなんだかますますいたたまれなくなってきた。。。

私の番が近づくにつれ、やはり異教徒(仏教徒)がキリスト教徒のフリをするのはどうかと思うなあ・・・キスするべきかスルーするべきか?と内心焦っていると、見学者たちを見守っている修道士さんと目が合った。
すると、その人は私を見てゆっくりとうなずいてくれた

「あなたもくちづけをしていいんですよ」と言われたような気がしたので、よし!と心を決めて前の人に続いて、私もマリア像のマントにくちづけをさせて頂いた。
私を含めて、ここにお参りをした人もしていない人も誰もが幸せに過ごせますように。。。


修道院の見学ツアーもこれで終了。
マリア像へのお参りを済ませた人たちは、みんなとても穏やかな顔をしていた。
私もこの人たちのように、何かを成し遂げたような清々しい顔になっていれば嬉しいんだけど。。。まだまだそんな境地には達していないなあ。
でも厚い城壁に囲まれた要塞のようなグアダルーペ修道院の中で、心の底からマリア様を信じている人たちの流す涙に触れてドロドロしがちな私の気持ちも少し洗われたような気がする。

修道院見学の延長のような気持ちでナナメ向かいにあるパラドール(スペイン国営ホテル)グアダルーペパラドール
へ行き、フロントのセニョール(おじさん)に「見学させて下さい」とお願いするとさすがは元巡礼者の為の宿舎。快くOKを出してくれたので、ロビーやパティオをウロウロしてから、予想外に安かった宿泊費のおかげで浮いた予算で、パラドール内で軽く飲み物を頂いた。(予算オーバーになるので「軽くお食事」はできなかった。残念!


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1340年、羊飼いによって発見されて、約半世紀の眠りから覚めたマリア像にイスラム教徒との戦いの加護を祈願したアルフォンソ11世。無事に勝利をおさめたので、戦いの後、マリア様のご加護に感謝し、ここに壮大な修道院を築かせた。。。
グアダルーペ

イスラム教徒たちを蹴散らし、カリブ海の島をこのグアダルーペのマリア像に奉納したコロンブスを筆頭に自らが「コンキスタドーレス(征服する者たち)」となったスペイン人たちは、この地のマリア様を新大陸(何度も言うけれどこの『新』という言葉には納得できないなあ)の人たちのキリスト教化の象徴とした。

ちなみにコロンブスが新大陸から連れてきた人たちをわざわざグアダルーペに連れてきて、(新大陸で)最初のキリスト教徒に改宗させたのもこの修道院だそう。

海を越えてはるばる新大陸からつれてこられた人たち、それまでは石造りのこんな立派な建物なんて見たこともなかっただろうに・・・さぞかし度肝を抜かれたに違いない。

修道院の見学ツアーはもちろんコースも決まっていて、最初に修道士たちが書き写した写本の(聖歌本っぽかった)流麗な文字にいたく感心し、パティオ(中庭)を見ながら石造りの回廊を歩き、見事に刺繍されたマントや祭壇飾りの展示室に入る。
何百年も前の金糸銀糸が今でもキラキラしていることや、人間業とは思えない緻密な刺繍に感動しつつ、おなじみエル・グレコの宗教画やミケランジェロの彫刻が納められた展示室を見学。

ここまでくるとここが修道院であることをわすれかけ、美術館か博物館にいる気分になるけれど、続いて見学する「聖具室」(間違った漢字に変換するとキリスト教へのものすごい侮辱になるので注意!)では聖ヒエロニムス(聖書をヘブライ語からラテン語へ翻訳したことから、通訳の守護聖人として奉られている)の一生を描いた絵画や修道士たちの絵画が壁一面を埋めていて圧巻。

うーん圧巻圧巻、と思いながら言葉もなく歩いていると、既に私の周りのキリスト者たちには涙ぐんでいる人もいる。トレドでお祈りの言葉をつぶやきながら聖餅顕置台を見守っていた東洋人の男の子を思い出すなあ。。。今頃またどこかの教会で感激の涙を流しているのかな?

あの男の子がこの修道院にいたら、涙も枯れるくらいに号泣するに違いない。



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翌朝。
頑張って早起きしたのはいいけれど、このお宿、「朝食付き」のはずなのに、階下のレストランが稼動している気配は一切ない。。。
朝ゴハンがついてるって言われたから、昨日Bar(立ち飲み屋さん)でもお水しか買わなかったのに~・・・。グアダルーペ修道院の入場は9:30からなのでまだまだ時間はあるけれど、お腹が空いたままだと見学しても集中できないし、近くのBarでパンとオレンジジュースでも、と思いながら1階のレストランを覗いていると、お宿のセニョーラ(おばさん)がやってきて

「あら!おはよう!早起きね!

よく寝られた?!今日もいいお天気ね!グアダルーペは初めてでしょ?

今日は修道院に行くのよね?!修道院は素晴らしいわよ!」
と、マシンガンのようなイキオイで話しかけてきてくれた。
寝起きでアタマの中がまだスペイン語に切り替わっていないので適当にSi!Si!と返事をしている間に、セニョーラはオレンジジュース・ずっしり重みのあるパンを3つ・大きなジャガイモ入りオムレツの後には果物とカフェ(エスプレッソ)まで出してくれた。
くどいようだけどこれで1泊1,300円とは・・・。無認可のお宿万歳!!だなあ。

お宿代の精算を済ませてセニョーラに「ありがとう!」とお礼を言うとセニョール(おじさん)も顔を出してくれてグアダルーペに来る時はまた泊まりにいらっしゃい!」と言ってくれた。
セニョールもセニョーラもいい人だったなあ・・・。快適な一夜をありがとう!

グアダルーペ修道院はアランフェスの王宮と同じく、個人でバラけて見学することができないらしく、グループに分かれてガイドさんがついてくれて、色々と説明してくれるらしい。
どうせ聞いても分からないので英語じゃなくスペイン語のツアーを選んでみた。
「王宮を見学した時みたいに悪目立ちしてガイドさんの近くに呼びつけられないようにしなくちゃ!」とちょっと緊張。

714年にキリスト教徒が聖ルカによって彫られたマリア像をグアダルーペ川岸に埋め、1320年に神のお告げを受けた羊飼いがこのマリア像を発見したことが、この修道院を建設するとっかかりになったらしい。
500年間も埋もれていたとは・・・根性のあるマリア像だなあ。


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今宵の宿探しはどうするかな~と比較的のんびりと構えながら
タヌ夫さん(キャスターつきリュック)がいないと少し心細い反面、身動きがとりやすいのでその点は気楽。荷物が小さいリュックだけだとたとえ未舗装の道でも石畳でもどんどん歩いていけるし)サンタ・マリア広場のお土産物屋さんで店番をしているらしいセニョール(おじさん)が「Hola!」と声をかけてくれた。

Hola!と返事をして、
今日はグアダルーペに泊まりたい、どこかにいい安宿はありませんか?と尋ねると、
「そこのレストランの建物、上の階がオスタル(安宿)になってるよ!」と教えてくれた上に、レストランにいたセニョールに
「このセニョリータが今晩泊めてほしいらしい」的なことを説明してくれたようで、レストランのセニョールも
「よく来たよく来た!さあこちらへ!」と下にもおかない様子で案内してくれた。

案内された部屋は明らかに「オスタル(安宿)の一室」というよりも

観光局無認可でヤミで客引きをしている普通のお宅の空き部屋、という生活感がにじみ出ていたけれど、ベッドも大きいしシャワールームもトイレも清潔だし(しかもお部屋から少し離れているので夜中に無粋な『じゃーー!!』という流水音で目が覚めることもなさそうだし)、セニョールの奥さんも感じがよかったし、

宿代も(私の聞き間違いでなければ)朝食付きで1,300円!安いっ。

(多分)無認可の宿だけど、守護聖母さまのお膝元であるこの町で、いかにもお金を持っていなさそうな一人旅の旅人を身包みはがすようなあこぎな悪人はいないであろう(そんなに簡単に他人を信用していいのか、という気がしないでもないが)。1泊したらマドリー(ド)に戻ってタヌ夫さんを引き上げに行くつもりだし、この低料金を更に値切るのもどうかと思い、お宿代は先方の言い値で手打ち。

バスの移動で疲れていたので、最近恒例になっているお腹の皮めくりをする余裕もなく広々としたベッドで安らかに就寝した。

明日は頑張って早起きして、ありがたあああい聖母像のある修道院を見学するぞっ!


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マドリー(ド)からのバスがグアダルーペのとある通り(ターミナルどころか、バス停すらないマドリー(ド)とはえらい違い)に着いたのが19:00過ぎ。
暑さは多少マシになったものの、思ったとおり空気の乾燥はものすごく。。。「歩き方」にも「荒地」と明記されていたし、予想していたこととは言え、空気がカサカサしていてホコリ(というか砂)っぽいのには閉口する。ここと比べるとアランフェスもトレドも空気にしっとり感があったわ。。。

4時間のバスの旅で持参していたお水は飲み干してしまったので、とりあえずBar(立ち飲み屋さん)でも見つけてミネラルウォーターを買おうと思い、バスの運転手さんに
グアダルーペのセントロ(町の中心地)に行きたい」と言うと、
「セントロ?がっはっはっは!!この町のセントロ?!」と大笑いされた後、「聖母マリアのグアダルーペ修道院ならこの道を歩いていくと2分で着く。セントロはないがね!」と、上機嫌で笑いながら教えてくれた。

そんなに笑わなくなって・・・と思いながら言われた通りに歩いていると、本当に2~3分歩いたところにいきなり巨大な修道院の建物が現れた。
おお、ここに全スペイン語圏の聖母のマリア様がいるのね!!

子供たちのお尻にごときにむかっ腹をたててしまう狭量な私でも、ありがたい聖母さまにお参りすれば、きっともっと心の広い人間になれるに違いない。

・・・と考えてアランフェスからはるばるグアダルーペまで来たわけ。

でも今更フト気付いたけど、スペイン語圏」以外のキリスト教徒は、ここのマリア様に守護してもらえないのだろうか。「全スペイン語圏」用『用』って言葉もかなり失礼ではあるが)英語やフランス語、日本語圏にはまたそれぞれ各語圏専門の守護聖母様がいるのかしら??

もし私が日本語を話すキリスト者なら、「自分がまつられている国(今の場合はスペイン)の言葉を使わないからアンタは守護しない」っていう理論には納得できない気もするが。。。キリスト教って複雑

などと考えつつ歩いていると、修道院の近くに観光案内所の看板を見つけたけれど、この時間ではさすがにcerrado(閉店)。
安宿のリストがあれば手に入れたかったんだけどな~・・・。(こんなに小さな町だと、リストにするほど宿泊施設の軒数はないかな・・・)



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グアダルーペは、ローマ帝国イベリア半島が支配されていた西暦 27年(西暦が二桁とは・・・どれだけ昔??)頃~507年まで、ローマ人によって、ローマへの玄関口だったアンダルシア地方のセビーリャからスペイン北部への主要軍用道路、そしてスペイン北部で採掘された金・銀や、スペイン産ワイン・農産物をローマへ運ぶために造られた「銀の道」と呼ばれる街道沿いにある。
(その後もこの土地に住むキリスト教徒が北部スペインにあるキリスト教の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路として利用し、今でも巡礼のルート(しかもかなり過酷な)として活用されているそうです)

周りに1本も川が流れていないというのはすごいことだなあ、窓の外の景色、空気までなんだか砂っぽい感じがする。バスの中から見てもひりつくような太陽の光を感じながらバスに揺られて4時間強が経過した頃、エストレマドゥーラ地方のグアダルーペの町に到着した。

グアダルーペの町の人口は2,700人。町というより村、というほうが相応しいような風情。「エストレマドゥーラ」という地名は(スペイン北部を流れポルトガルに入りポルトから大西洋にそそぐ川である)「ドゥエロ川の彼方」という意味。
ローマ帝国の支配後は他のスペインの地域と同じくイスラム教徒に征服され、国土回復運動(レコンキスタ)で戦うキリスト教徒たちにとって、戦線を「ドゥエロ川の彼方」に押し戻す事は長年の悲願でありレコンキスタの最終段階でイスラム教徒たちと最も勇敢に戦ったのもエストレマドゥーラ人だったらしい。

勇敢な戦士たちを輩出したこの土地からは、レコンキスタ完了後も血の気の多い人たちがたくさんいたらしく、征服される者から「征服する者たち(コンキスタドーレス)」となり、新大陸(この言葉を使うたびに元々あった大陸に対して「自分たちがその存在を知らなかったってだけで『新』大陸よばわりはないだろう」という気持ちは否めないが、他の言い方を知らないので仕方なく使用・・・)へ向かう冒険野郎が続出。

メキシコやペルーを征服したコンキスタドーレスもこのエストレマドゥーラ出身で、その冒険野郎たちが心の支え、信仰のよりどころとしたのが、ここグアダルーペにまつられている守護聖母。
で、いつしかこの守護聖母はグアダルーペだけではなく、全スペイン語圏の守護聖母」として奉られることになったとのこと。

全スペイン語圏って!パッと思いつくだけでもスペイン・メキシコ・アルゼンチン・キューバ・・・その他何カ国もの国の守護聖母にお参りできる機会なんてそうはあるまい。


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昨夜の出来事のあと、コドモたちに罵られたあげくお尻まで見せられた時のむっかむかした気分を和らげる為によさそうな町を「歩き方」で研究した結果、グアダルーペという町に行くことに決めた。

 でもアランフェスから直行できるルートが見つからず、またしても一旦マドリー(ド)に出て、そこからバスに乗り換えというかなり大回りな道程に。先を急ぐ旅じゃないので、まいっか。

 バレンシアからマヨルカ島にバカンス(この旅自体がバカンスみたいなものだけど)に出かけた時と同じように、必要最小限の荷物だけを普段使いの小さいリュックに詰め込み、タヌ夫さん(キャスターつきリュック)マドリー(ド)の手荷物預かり所に残して身軽になった体でグアダルーペ行きの長距離バスに乗り込む。

首都マドリー(ド)のバスターミナルはさすがに巨大で、目的地へ行くバス乗り場を探すのにも一苦労。都会ってなにかと疲れるわ・・・。コレに比べたら村に一軒しかないBar(立ち飲み屋)がバスのチケット売り場兼発着所、みたいな田舎の村の旅は気楽でいいなあ。
(そのかわりバスが1日1本、という不便さも多分にあるけど。)


巨大なバスターミナルに集まる大勢おの人たちの中にも、この暑い時期にわざわざ「荒野」「不毛の地」そのものの地域であるエストレマドーラ地方にある小さな町を訪れようという物好きな観光客は少なく、バスはガラガラ

一人で2シート使おうが4シート使おうが大丈夫、誰にも迷惑はかかりませんのでどうぞご自由に!という雰囲気なので、マドリー(ド)から約4時間の移動の間、シートの上で横になってぐーぐー寝てみたり、ヒマにあかせて未だにジャガイモの古い皮のようにベロベロとめくれてかけている、日焼け後の肩やお腹の皮を無理やりに剥いてしまい、しばらくするとそのあたりが猛烈に痒くなって

「無理に剥くんじゃなかった・・・私のバカ!!あの子たち(アランフェスで私にお尻を見せた子達)の言うとおり、私ってほんとにトンタ(バカ)だなあ・・・『私は自分で皮を剥くべきではなかったのですね』って感じね~」

などと、愛読書の「ねじまき鳥クロニクル」の登場人物、クミコの語調で反省してみたり。

(今回は「ねじまき鳥クロニクル」もタヌ夫さんと一緒にマドリー(ド)でお留守番なので、日本語の活字は『歩き方』のみ。グアダルーペ『歩き方』も本気で推しているようで、町の規模にも関わらず見開き2ページ分を使用。
きっと見どころのある町に違いない


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トレド一日観光からアランフェスに戻り、今晩は本格的に次の目的地を考えよう、と思いつつ、アランフェスの鉄道駅から林のように鬱蒼とした木々に挟まれた未舗装の道をテクテクと10分ほど歩く。
 あと5分くらいだ、頑張って歩こう!少し遅くなったけどいつもお世話になっているBar(立ち飲み屋さん)、まだ開いているかな?と歩く速度を上げた時、いきなり林の中から誰かが走り出してきた。

こんなところで誰っ?!!と一瞬足がすくんだとき、5・6人の男の子(特にジプシーっぽくもない、一般的なスペイン人っぽい子達だった。小学校の高学年~中学生くらいかな?)が私の前に背中を向けて横並びになった。

痴漢か変態だったらギャー!!!って大声を出そうと身構えていたけれど、

「なんだコドモか・・・ヘンな男じゃなくてよかった・・・」
とほっと安心して愛想よく「Hola!」とその子供たちに声をかけようとした瞬間、その子たちは

「チーナ!チーナ!(中国人)」
「トンタ(馬鹿)!」


と口々に叫びながら、全員がズボンとパンツを下げて、

私にお尻を見せてゲラゲラ笑っている。
中にはお尻を左右振りながら私の方を向き、早口すぎて全然聞き取れないスペイン語で、でも明らかに悪口か罵り言葉と思われる台詞を連呼する子もいる!

予想外の出来事に言葉が出ず、目の前に並んだいくつものお尻を眺めて呆然としていると、子供たちは更にテンションを上げ、

「ゴーホーム!」(これはなぜか英語)

「イディオタ(馬鹿)!!」
再び叫びながら、林の中に駆け込んでしまった・・・。

やっと自分を取り戻し「キタ(やめて)!!!」と大きな声で叫んだけれどThe後の祭り。子供たちはあっという間に林の中に消えてしまい、私の大声だけがアランフェスの田舎道に虚しく響いたのだった。。。

せっかく気分よく遠足から帰ってきたのに~~!!
バカバカって連呼するなんてひどいっ!
コドモにあんなにバカにされたのって初めてだわっ!!
・・・くだらないことをして私の楽しい気分をスポイルしたあの子供たち。一生許すまじ



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トレドもアランフェスと同じく、日差しは強烈で確かに暑い
 暑いがしかし、町中を歩いたにしてはほぼ汗が出なくて、不快なじっとり感は皆無
 アランフェスもトレドも、タホ川のおかげで内陸部にしては潤いがあるはずなのにこんなに空気が乾燥しているなんて、今頃ラ・マンチャはとんでもなく干上がった空気が漂っているんだろうな。アナスターシオは今日も元気に旅人をVESPAで逆ヒッチハイクしているのかなあ。。。ダブルマリアのおばあちゃんの方、ご老体にはさぞかしキツイ暑さだと思うけど、元気にしてるかな??

公園のベンチでアナスターシオ、ダブルマリアに宛てて
「今タホ川(Rio Tajo)に囲まれたToledoにいます」と絵葉書に簡単なスペイン語で近況報告をしつつ、今まで旅したスペインの町(街)で、人情は別にして印象に残っているのは川沿いの町が多い事に気付いた。

 峡谷を挟んで新市街と旧市街が向かい合うロンダしかり、トレドもそうだし、コルドバもセビーリャも、(やや泥水っぽくはあったけれど)グアダルキビール川の

ゆったりした流れに育まれた街、という雰囲気がすごく好きだったなあ。。。

海沿いの街のバレンシアバルセロナ、コスタ・デル・ソルのあたりは、開放的で明るくて見どころもたくさんあるけれど、川沿いの町のように「時間がゆったりと流れている」という雰囲気はイマイチ、のような気がする。

このトレドも、本当にこじんまりとまとまっていてその気になればあっという間に1周出来るくらいの規模だけれど、なんとなく立ち止まったりベンチに腰掛けたりしてぼーっとして、のんびりしたくなる雰囲気が漂っている。
エル・グレコ
もこんな雰囲気が気に入って、この町で人生の後半をのんびり過ごしたのかもしれないなあ。


エル・グレコ
の家や、サント・トメ教会の「オルガス伯の埋葬」グレコの絵

を見学し(トレド中の観光客が集まってきたの?!と思ったくらいの大盛況で、見学するまでにかなり長い待ち時間があった。。。『アンネの家』の入場待ちを思い出すくらいの)、夕暮れのトレドの町をもう一度散策した後で、21:00の列車に乗ってアランフェスに戻る。

日帰りの遠足とは思えない、濃密な一日だったなあ。。。

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兵隊さんたちの規則正しい行進を見送った後、エル・グレコの傑作絵画を蔵するサント・トメ教会に行こう!と思ったけれど、あいにくのお昼休み中。
 足の向く方向にブラブラ歩いていると、教会の近くにエル・グレコの家を発見。

このエル・グレコ、日本風に姓名を並べると「グレコ」家の「エル」さんと思いがちですが、実はこの人はギリシャ領クレタ島出身のギリシャ人で本名はドメニコス・テオトコプーロスといういかにもギリシャ風の名前。人名のように扱われている「El Greco」だけれど、スペイン語ではElは英語の「THE」と同じくその・とかあの・とかひとつの・という意味の前置詞、「Greco」はギリシャ人という意味。本名がややこしくて、「ギリシャ人」なんていう端的な通称が生まれたのかな?
外国語だからこじゃれた通称みたいな気がするけど、他人から名前じゃなくて「ギリシャ人!」なんて呼びかけられるのはちょっと違和感があるような気もする・・・。

その「Theギリシャ人」、エル・グレコは1577年にトレドに移住し、亡くなるまでの37年間を過ごした家はその後長―――い間廃墟になっていたらしく。その一帯をとある奇特な公爵が、1906年にグレコ在住当時の様子に改築してしてくれたものとのこと。1614年から1906年まで放置された建物をよくぞ改築したものだなあ。。。

 エル・グレコは亡くなったあと、気の毒にずーっと評価されていなくて、19世紀に入ってから再評価を受けたらしい。「トレド『あの』グレコが住んでいた家がある、と知った公爵がたまたま好事家だったんだろうな。300年以上前のおうちが再建されるのも、

石の文化・ヨーロッパならではのエピソードだわ。


グレコの家もお昼休み中だったので外観を眺めるだけでスルーし、そのお隣の、「歩き方」では★★、と星2つのそこそこの見どころとランキングされているトランシト教会もお昼休み中。
ただでさえお祭りで観光客が多い日なのに、見どころの施設がことごとくお昼休み中なので、私以外の観光客も結構手持ち無沙汰のようで、トレドの狭い坂道で大柄な外人観光客と何度もすれ違う。

強烈な直射日光をものともせず、巨大なバックパックを背負ったままのしのしと町を闊歩する白人たちに
肉食人種の底力を垣間見つつ、体力に自信のない(?)草食人種はタホ川を渡って吹いてくる風が涼しい公園でひとやすみといきますか。


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 アルカサルの涼しい地下室を抜け、広々としたパティオに移動。青空に良く映える白い壁にアンダルシアの風景を思い出しながら、アルカサルの中をウロウロしているとどこかから喊声が聞こえてきた

 地下室で見た目つきの鋭い軍人さんたちの肖像画を思い出し、

なぜこんなところで鬨の声が?空耳?幻聴?白昼夢?と思いながら声が聞こえた方を探しに行くと、アルカサルのすぐ下(アルカサルはトレドの町の高台に建っているので、建物の外の道や他の建物などを見下ろす形になる)に、今朝アルカンタラ橋で見かけたのと同じ軍服を着た兵隊さんたちが整列している。

これは・・・
「聖餅顕置台の練り歩き」意外にもきっと何かある!!なんだかそんなニオイがする!!
と、期待しながらアルカサルの塀の上に腰掛けて(塀の上は普通の建物の3階くらいの高さになり、遮るものもないので視界は良好。そのかわり直射日光もモノスゴイ。ああまた日焼けが悪化するかも・・・)しばし待つ。

暑い・・・眩しい・・・首が痛い・・・とブツブツ言っていると、
30分ほど経った時、眼下で兵隊さんたちが行進を始めた
行進

高いところから見下ろす兵隊さんたちは、さっき地下室で見たおもちゃの兵隊が動いているみたいでかわいらしく、あとからあとから規則正しく行進してくる兵隊さんたちを飽きずに楽しく見送った。

 誰か私の視線に気づいて上を向いてくれたら力いっぱい手を振るのにな~と思ったけれど、さすがはアーミー。観光客たちの歓声やシャッター音にも気を散らすことなく、

スペイン人とは思えないほどに一糸乱れぬ行進を披露してくれていた。


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 聖餅顕置台をお見送りした後、カテドラルの近くにあるBar(立ち飲み屋さん)で冷たいものを飲みながらしばし休憩。
 観光客で溢れるトレドの町なので、Barの中も例外ではなく、カウンター席に座っていると椅子と椅子の間に他の立ち飲みのお客さんが体をねじ込んできて、みんなかなり狭いスペースで飲み食いしていてどうも落ち着かない。
 今のお祭りの様子が地元のケーブルTV(多分)で放映されていて、大柄な白人のおばさんたちに挟まれながら首を伸ばしてTVを見ていると、太陽光線のあまりの強さに画面が白くとんでしまっているのには驚いた。

 カテドラルから運びだされた時の聖餅顕置台も放映されていたけれど、金ピカなので太陽の光を反射しまくって、TVの画面で見ると「キラキラしたわけのわからないもの」になってしまっている。
 実際この目で見られてよかったなあ。ほんとにタイミングよくカテドラルに行ったものだわ!と思いつつ、天幕を張っている道を選びながら、カテドラルからアルカサルに向かって移動した。

 人が多くてワサワサしすぎの感はあるけれど、石畳の狭い道が入り組んで、方向感覚をなくしそうになるトレドの町の雰囲気はたしかに「中世」という感じ。
細い坂道が多いところがイタリアシエナと似ている気がする。

 トレドのアルカサルは、カテドラルに負けじとこれまた大規模なもので、もともとはVSイスラム教徒との要塞として建てられたものを、13世紀~16世紀にかけて大幅に改築したらしい。
 そして16世紀以降も、何度も何度も戦争で破壊され、そのたびに再建された結果、現在の立派な外貌をそなえることになったこのアルカサルは、1936年の市民戦争ではフランコ軍の家族がたてこもった跡や爆撃された跡など、「戦争の爪あと」を生々しく残している。

地下室も自由に見学できるので、外界と比べてひんやりとして湿気のある空気包まれてほっと一息ついた。
 ターバンを巻いた、いかにも「歴戦の勇士」という感じの軍人さんや、きりりと軍服を着こなした鋭い目つきの軍人さん(誰が誰やらサッパリ分かりません)の肖像画の視線を感じつつ、おもちゃの兵隊の展示物などを見学。
 カテドラルとは違って見学者もあまりいないので、
「誰もいないし少しぐらい・・・」と、おもちゃの兵隊を動かして遊びたくなるものの、そこはグッとガマンガマン。

だってオトナだもん



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