見学ツアーに戻ると、ガイドさんは他の観光客のみんなに
「セニョリータは『喫煙の間』がえらく気に入ったらしい。
嬉しそうに笑いながら天井を見上げていたんだよ!」と早速報告していた。
・・・「嬉しそう」だけならまだしも、「笑いながら」ってことまでみんなに暴露しなくったって・・・。 ガイドさんのこの言葉で
「一人旅らしいのに頼りない子だなあ」と思われたのか、移動するたびに誰かが
「Oiga(ちょっと)!セニョリータ!」
「セニョリータ!Venga aqui(こちらへどうぞ)」などと何かと声をかけてくれる。
はぐれた事で完璧にこの見学ツアーのマスコットになってしまったみたい・・・。少し照れくささを感じつつ、王様が使っていたゆりかごや、王宮内の博物館に展示されている見事な扇子などに感心しつつ、当時の王族たちの華麗なる生活を想像していた。
屋内の見学がすむと、広い広い敷地内に点在する
「水兵の家」「農夫の家」などの離宮も見学。
「水兵」「農夫」と鄙びた名前の由来は、「水兵の家」は往時の王族たちが王宮沿いを流れるタホ川にお船を浮かべ、優雅な舟遊びをした時にお使い遊ばされた小船の展示がある、そして「農夫の家」はこの離宮が建てられる前はその場所に農家があったから
(強制移住だ。権力者はいつの時代も横暴だなあ)、という理由とのこと。
この離宮、驚く事には寝室が一室もない。王様が狩や保養のためだけに造ったこのゼイタクな離宮を建てるために、おじいちゃんのおじいちゃんのそのまたおじいちゃんからここにずっと住んでるだ!という愛着のあるおうちから
「王様が離宮を建てるっておっしゃっているから
お前たちはとっとと立ち退きなさい!」と追い払われたであろう農民たちの心情はいかばかり。
マリー・アントワネットが
ベルサイユ宮殿の中にしつらえたプチ・トリアノン宮みたいに
「農民ごと」ひとまとめにした離宮として設営してあげればよかったのに。
それはそれで
「見世物」って感じがしてイヤかもしれないけれど、
住み慣れた土地から追っ払われるよりかは随分マシなのでは?思うんだけど。。。

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